6つの飲み物が変えた世界
原著の『A History of the world in 6 Glasses』は2005年に刊行。
邦訳版は二冊存在していて、最初に2007年のインターシフト版が登場。この時の邦題は『世界を変えた6つの飲物』だった。
その後、2017年に楽工社版が刊行されている。わたしが読んだのはこちらの版。訳者はいずれも新井崇嗣(あらいたかつぐ)。
筆者のトム・スタンデージ(Tom Standage)は1969年生まれの英国人作家、ジャーナリスト、編集者。邦訳されている著作としては以前に『謎のチェス指し人形「ターク」』を当ブログではご紹介している。
この書籍から得られること
- ビール、ワイン、蒸留酒、コーヒー、紅茶、コカ・コーラの歴史がわかる
- 安全に飲める飲料の貴重さがわかる
内容はこんな感じ
古代から現代にいたるまで、世界中の人々に愛飲され、人類の歴史を変えた飲み物がある。ビール、ワイン、蒸留酒、コーヒー、紅茶、コカ・コーラ。汚染されていない水が貴重だった時代、保存が効き、安全に飲めるこれらの飲み物は、それぞれの時代の人類社会を支えていた。6つの飲み物は世界史においていかなる役割を果たしたのか。
目次
本書の構成は以下の通り
- プロローグ 生命の液体
- 第1部 メソポタミアとエジプトのビール
- 第2部 ギリシアとローマのワイン
- 第3部 植民地時代の蒸留酒
- 第4部 理性の時代のコーヒー
- 第5部 茶と大英帝国
- 第6部 コカ・コーラとアメリカの台頭
- エピローグ 原点回帰
以下、各パートを簡単にご紹介していきたい。
ピラミッド建設を支えたビール
水に浸した大麦を放置しておくと、大気中の酵母によって、糖がアルコールに変化し、発泡性の液体に変化する。世界最古のアルコール飲料の一つと言われるビールは、製法の簡単さ、原料の入手しやすさから古くから人類に飲まれてきた。少なくとも紀元前4,000年頃にビールは既に登場していたとされる。
古代においては、汚染されていない水は貴重だった。ビールはアルコール飲料であるが故に雑菌の繁殖が抑えられ、この時代においては重要な「安全に飲める」飲料だった。猛烈な勢いで世界各地で普及したビールは、エジプトのピラミッド建設の際には、給与の代わりにもなっていたのだとか。
ギリシア・ローマ世界を形作ったワイン
ビールと並んで、最古のアルコール飲料とされているのが、ぶどうの醸造酒であるワインだ。紀元前9,000年~4,000年頃に、にアルメニア及びイラン北部ではじまったと推測されている。庶民の飲料、ビールに比べると製法が複雑で、当初は王侯貴族しか飲めないぜいたく品だった。富の象徴だったわけだ。
その後、次第に量産が進むと、古代ギリシャ世界で愛飲されるようになる。当時は水で割って飲むのが基本スタイルだったようだ。「ワインは隠れているものを明らかにする」とされ、哲学の探究、真理への探究を促す飲み物となる。文化的洗練、快楽主義と哲学的探究を体現するものとして、ワインはその後のローマ帝国でも「最も文明的で洗練された飲み物」として大人気となった。
大航海時代と蒸留酒
アルコール編の三つめは蒸留酒だ。少し時代が下って、10世紀末のコルドバ地方。人類は「蒸留」の仕組みを発明した。ワインを蒸留することでブランデーが、ビールを蒸留することでウイスキーが誕生する。蒸留酒はアルコール度数が高くなるので、ビールやワインよりもさらに長期保存が可能となる。そしてなにより「もっと酔える」。
大航海時代に入ると、蒸留酒を大量に満載した船が新大陸へ渡ることになる。蒸留酒は、航海中の船乗りたちの士気を鼓舞し、現地に至っては通貨の代わりにもなった。廃材として捨てるしかなかった、サトウキビから砂糖を精製した後の廃棄物、廃糖蜜を再利用したラム酒が発明されると、この酒は新大陸で爆発的に普及し、過酷な植民地経営を陰で支えていたとされる。とうもろこしから出来るバーボン、リュウゼツランから作られるテキーラの発明も興味深い。
覚醒をもたらすコーヒー
本書の後半パートはノンアルコール飲料編となる。アラブ地域由来となるコーヒーは15世紀半ばのイエメン地方で始まったとされる。イスラム教徒においては、アルコールがご法度だったから、コーヒー普及の素地があったのだとか。飲むとすっきりする。頭が覚醒する。そんなカフェイン独特の性質が人気となり、17世紀ころにはヨーロッパ世界でも飲まれるようになる。
興味深いのはイギリスにおけるコーヒーハウス文化だろう。アルコールの入らない、品位と節度のある場所として、コーヒーハウスはイギリスの紳士たちに愛用された。コーヒーハウスはやがて情報のハブとなり、それぞれのジャンルの専門家たちが集う場所となる。コーヒーハウスに手紙を出せば、本人に届けることすらできたようで、筆者は17世紀における「インターネット」であったとも称している。
大英帝国と茶
茶は中国とその周辺国では紀元前一世紀ころから飲まれていた。この茶を世界規模の流通商品に押し上げたのは大英帝国である。18世紀末頃から普及が始まった。当初の茶は中国でしか取れず、育て方も製法も謎とされていた。この茶を取引するために、イギリスは中国への植民地支配を強めていく。
イギリスにおいて、紅茶がコーヒーと異なる点は、女性にも飲まれたという側面にある。コーヒーハウスには女性が立ち入ることが禁じられていたが、ティーガーデンは女性も自由に入ることが出来た。そして、自宅で茶を楽しむ、イギリスならではのティーパーティー文化が育っていく。
大英帝国は植民地であったアメリカに重い茶税をかける。これが後のボストン茶会事件に発展し、アメリカ独立の遠因となっていくのだから歴史は面白い。
アメリカの戦争と共に広まったコカ・コーラ
最後に登場するのは、今や世界で最も知られているブランドの一つ「コカ・コーラ」のお話である。飲み物に炭酸を溶かし込む技術は18世紀末のイギリスで誕生し、当初は医療用として薬局で売られた。そしてコカ・コーラは19世紀末に、アメリカの薬剤師であったジョン・ペンバートンによって発明された。
ペンバートンの死後、後継者たちによってコカ・コーラは爆発的に広まっていく。徹底的なマーケティングと大量の広告宣伝費がその普及を支えた。そして、アメリカが世界唯一無二の超大国となっていく過程で、コカ・コーラはアメリカ軍の存在するところには必ず置かれるようになった。コカ・コーラは自由、民主主義、資本主義、グローバル経済の価値観を代表する飲料となっていくのだ。
次の飲み物は「水?」
以上、トム・スタンデージの『歴史を変えた6つの飲物』をざっくりとご紹介させていただいた。世界史的な小ネタが各所に散りばめられており、歴史好きなら、気軽に楽しく読める一冊ではないかと思われる。
筆者はこれからの飲み物として以外にも「水」の存在を挙げている。何をいまさらと考える方もおられるかもしれないが、ペットボトルの「水」がどれだけ売れているかと考えると腑に落ちる部分もある。生水がそのまま飲めるのは日本くらいだと言われる。衛生面を考えるとペットボトルの「水」は確かに、これからの飲料と言えるのかもしれない。
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