「新書大賞2021」大賞受賞作品
2020年刊行。筆者の斎藤幸平(さいとうこうへい)は1987年生まれ。大阪市立大学大学院経済学研究科の准教授。2018年、優れたマルクス研究書に与えられる、ドイッチャー記念賞を日本人初、それも歴代最年少の31歳で受賞している。
『人新生の「資本論」』は2020年に大ヒットとなった作品で、発行部数は30万部を突破。「新書大賞2021」では大賞を受賞。2020年を代表する新書作品となっている。
この本で得られること
- 過度の資本主義が地球環境に負荷を与えていることを知ることが出来る
- 地球規模での気候変動に対して、どう備えれば良いのか知ることが出来る
- 知られざる晩年のマルクス思想について見識を深めることが出来る
内容はこんな感じ
拡大し続ける人類の活動はついに地球環境に多大な影響を与えるまでに至った。「人新生」は、深刻な環境危機の時代である。資本主義における、際限のない利潤追求はいずれ世界を野蛮状態に追い詰める。しかし打開策はある。そのカギは『資本論』を著したマルクスの晩年の思想の中に眠っていた。筆者が提示する、気候変動に歯止めをかける唯一の手段とはなにか。
目次
本書の構成は以下の通り
- はじめに――SDGsは「大衆のアヘン」である!
- 第1章:気候変動と帝国的生活様式
- 第2章:気候ケインズ主義の限界
- 第3章:資本主義システムでの脱成長を撃つ
- 第4章:「人新世」のマルクス
- 第5章:加速主義という現実逃避
- 第6章:欠乏の資本主義、潤沢なコミュニズム
- 第7章:脱成長コミュニズムが世界を救う
- 第8章 気候正義という「梃子」
- おわりに――歴史を終わらせないために
「人新生」とは何か?
タイトルにある「人新生(ひとしんせい・じんしんせい)」は英語で書くとAnthropocene。これは斎藤幸平のオリジナルではなく、オランダ人化学者パウル・クルッツェンらが2000年頃から提唱し始めた用語である。
本書の中ではこう書かれている。
人類の経済活動が地球に与えた影響があまりに大きいため、ノーベル化学賞受賞者のパウル・クルッツェンらは、地質学的に見て、地球は新たな年代に突入したと言い、それを「人新生」(Anthropocene)と名付けた。
『人新生の「資本論」』p4より
言葉の響き的に、地質年代の区分のようにも見えるが、未だ確定しているものではない。
SDGsでは地球環境は救えない
「はじめに」の中で、まず筆者は「SDGsは「大衆のアヘン」である!」とぶち上げている。これはなかなかにインパクトがある。つかみとしては十分。
地球規模の気候変動に対して、世界ではさまざまな取り組みがなされている。SDGs(Sustainable Development Goals・エスディージーズ・持続可能な開発目標)は最近よく聞く言葉だが、これは2015年に国際連合の総会で採択された指針である。
人類の経済活動は拡大を続ける一方である。その結果として、地球環境には大きな負荷がかかり温暖化が進行している。気候変動による被害は年々増す一方である。SDGsはこの流れを食い止めるための積極的な提言の一つである。しかし筆者はSDGsでは地球環境は救えないと断言する。それは何故か?
資本主義による成長は限界を迎えている
無限に成長を追い求める資本主義が、有限である地球環境にダメージを与えていると筆者は説く。
これまで欧米、日本をはじめとした先進国は資本主義を追求し、発展を遂げて来た。しかしその発展は、途上国を犠牲にしたものであった。先進国は途上国の資源、労働力を吸い上げることで発展を遂げた。先進国の発展の影で、途上国の資源は枯渇し、人々は貧しい暮らしを強いられる。しかしその状況が先進国の人々に知られることはない。資本主義による先進国の発展は、代償を遠い途上国に転嫁したものであったのだ。
だが21世紀に入るとかつて途上国と呼ばれていた地域の経済発展が進む。BRICS諸国(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)の躍進はよく知られるところだろう。かつての途上国の経済力が先進国に比肩するようになってくる。これにより、かつての先進国が頼っていた、安価な資源、労働力が消滅してしまう。
地球上にあまねく資本主義が行きわたった現在では、「代償を転嫁」する先が無い。かつてはどこかの途上国が引き受けてくれていた苦しみは、今や誰も引き受け手のない負荷となっているのだ。
晩年のマルクス思想が世界を救う
行き詰まりを見せている資本主義社会。これに対して筆者が提唱するのが晩年のマルクス思想の活用である。『資本論』の著者として知られ、人類社会に多大な影響を与えたマルクスだが、その晩年の思想を知る者は少ない。
晩年のマルクス思想を受けて、筆者は「脱成長コミュニズム」を提唱する。筆者の具体的な主張は以下の通り。
- 使用価値経済への転換
- 労働時間の短縮
- 画一的な分業の禁止
- 生産過程の民主化
- エッセンシャル・ワーカーの重視
生産手段を共有化(コモン化)し、資本主義的な利潤の追求を止めて「脱成長」を目指すというのである。
「マルクス」「コミュニズム」などという言葉を聞くと、とたんに身構えてしまう方もおられるだろう。嫌悪感を抱く人間も多いはずだ。しかし、手垢にまみれたようなマルクス思想の中に、地球環境再生へのヒントが隠されているとする主張は興味深い。
夢物語のような理想主義とも思えるが、本書の中ではその先鞭となる、シカゴの都市農業の導入、コペンハーゲンでの公共の果実の存在、バルセロナにおける社会連帯経済への取り組みなどが紹介されている。
傷みを伴う改革に踏み込めるのか?
途上国に発展の代償を押し付けてきた資本主義は行き詰まりを見せている。地球規模の気候変動は、年を追うごとに悪化の一途をたどっている。地球温暖化の流れは止まっていない。世界の上位10%層が、CO2の半分を排出している。酷い話だと思うかもしれないが、この上位10%層には当然日本も含まれている。
良くないことだと分かっていても、中長期的なリスクにはなかなか備えられないのが人間である。ましてや目先の選挙票にこだわる政治の世界で、思い切った改革が行われることはありえないように思える。
しかし筆者は最後に「3.5%」という数字を挙げている。
しかし、ここに「三・五%」という数字がある。なんの数字かわかるだろうか。ハーヴァード大学の政治学者エリカ・チェノウェスらの研究によると、「三・五%」の人々が非暴力的な方法で、本気で立ち上がると、社会が大きく変わるというのである。
『人新生の「資本論」』p362より
政治への関心が低く、選挙の投票率は慢性的な低空飛行を続けている日本。この国での「3.5%」は決して小さい数字ではない。だが、過度の抑圧を強いられているコロナ禍の昨今は、政治への関心を喚起する一つのきっかけになるような気もするが、果たしてどうなるだろうか。
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