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『椅子クラフトはなぜ生き残るのか』坂井素思 椅子づくりから社会経済学を考える

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放送大学の授業が書籍に

2020年刊行。筆者の坂井素思(さかいもとし)は1950年生まれの経済学者。現在は放送大学教養学部の名誉教授(刊行当時は教授)。

 

椅子クラフトはなぜ生き残るのか

本書は、2020年から始まっている放送大学の講義『椅子クラフツ文化の社会経済学』の内容を書籍化したもの。だが、この講義、2024年度で残念ながら閉講となってしまう。放送大学(現在五年目)在学中のわたしとしては、今回がラストチャンスと言うことで現在履修中だったりする。

科目紹介動画はこちら。

こちらは、朝⽇新聞好書好日に掲載された、建築家長谷川逸子(はせがわいつこ)の書評。

内容はこんな感じ

現代のものづくりは機械化による大量生産の時代である。そこでは効率化、生産性が重視される。一方、木製家具製造業の世界では、その対極とも言える従業員3人以下の小規模事業者によるものづくりが健在だ。作り手の事情、使う側の事情。そして椅子の魅力と、その存在が社会にもたらすもの。クラフツ経済の現代的な課題と、クラフツ椅子の魅力を考察していく一冊。

目次

本書の構成は以下の通り。

  • まえがき
  • 第1章 なぜ椅子クラフツを取り上げるのか
  • 第2章 椅子クラフツ生産はいかに行われているか
  • 第3章 近代椅子はどのように変化してきたか
  • 第4章 なぜ椅子をつくるのか
  • 第5章 椅子に何を求めるか
  • 第6章 生活文化の中の椅子
  • 第7章 椅子の社会的ネットワークはどのようにして可能か
  • 終章 椅子からみる経済社会
  • あとがき

椅子クラフツとは?

椅子クラフツとは、小規模事業者による手仕事で作られた生産品で、ある程度の量産を志向したもの。同じ手づくりでも一点物で高価なアート生産とは異なる。作り手の記名性よりも無名性を重視する。あくまでも日常使いのためのものなので、自由に作れるわけではなく、用途や材料、工程に制約される。

現在は椅子の製造もほとんどが機械化されているのだが、全体の需要が減る中で中規模事業所が経営を維持できなくなっており、結果として職人が一脚一脚を作り上げる、小規模事業所の存在感が増している。小規模だからこそ、多様な文化やニーズへの対応が可能だ。もちろん小規模事業者のハンドメイドでの椅子づくりは、機械による大量生産と比較して生産性は落ちるし、高コスト体質にもなる。職人たちの手間賃を仮に1日2万円として、椅子一脚を作るのに二週間かかるとすれば、28万円にもなってしまう。

授業では数多くの魅力的な椅子クラフトの実例が紹介されるのだが、実際の販売価格を見ると、ちょっと一般人では手が出ないと思ってしまう。そのため、筆者は現在のままでは、産業としての成立不可能性という負の特性を持ってしまうと説く。これに対しては、公的私的な補助や、社会文化的な助成が必要であると結論付けている。椅子クラフツ業界が生き残っていくのはなかな大変そうなのである。

たくさんの椅子が見られて楽しい

本書を読んでまず楽しいのが、多数の有名椅子、ブランド椅子を知ることができる点だ。

背もたれに細長く削ったスピネットを用いるウィンザーチェア。

背もたれに曲木を使ったトーネットチェア。

背板と後脚が一体化しているシェーカーチェア。

などなど、これまでにどこかで見たことある椅子が、全部、由緒のある伝統的なデザインの椅子であったことを知り驚かされた。

20世紀に入ると建築家の椅子が登場する。建築家が自分が設計した邸宅にマッチした椅子を自らデザインするようになるのだ。

ミース・ファン・デル・ローエのバルセロナチェア。

チャールズ・レニー・マッキントッシュのヒルハウスチェア。

ル・コルビジェのグラン・コンフォール。 

ハンス・J・ウェグナーのYチェア。

これらの椅子は、世に出てから相応の時間が経過しているので、量産されている分、お値段もこなれており、頑張ればなんとか変えそうな価格帯であるところが、ちょっと危険。うっかり買いそうになるなあ。

椅子の「ディドロ効果」が面白い

また、本作の中で面白いと感じたのは「ディドロ効果」だった。ドゥニ・ディドロは18世紀のフランスで活躍した人物で「百科全書」の編纂で知られる。ある日ディドロは赤いドレシングガウンを贈られ、これを気に入った彼は、自室の調度品をこのガウンに似合った外観に模様替えしてしまう。この事実に注目した文化人類学者のグラント・マクラッケンは、「消費財補完体全体に文化的一貫性を保つように促す力」のことを、「ディドロ効果」と命名した。気に入った洋服を買ったら、バッグやアクセサリーも服に合わせて新調したくなる。こう書くと判りやすいだろうか。

「ディドロ効果」を椅子に転じて考えると、椅子があることで空間に社会的な影響がもたらされる。広い空間に何もなければ人は集まらないが、椅子を置くことで人が集まる広場になる。椅子を並べて置けばなにかを一緒に眺めることができるし、向かい合わせに置けば対話を促すだろう。椅子の存在が社会環境の変化をもたらし、生活文化をも変容させてしまうことがある。これはなかなかに興味深い考え方だった。

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