いま、室町時代が熱い!
2016年に刊行された、呉座勇一の『応仁の乱 - 戦国時代を生んだ大乱』は50万部の大ヒット作となった。
呉座勇一著『応仁の乱』が重版決定しています。これで34刷。話題を呼び続け、部数は50万部近くとなりました。細川勝元、山名宗全という時の実力者の対立に、将軍後継問題や管領家畠山・斯波両氏の家督争いが絡んで起きたとされる大乱を、丁寧に読み解く一冊! pic.twitter.com/SeCv12wOxy
— 中公新書 (@chukoshinsho) June 22, 2019
これを契機として、亀田俊和の『観応の擾乱 - 室町幕府を二つに裂いた足利尊氏・直義兄弟の戦い』が登場。そして、先日は鈴木由美 による『中先代の乱-北条時行、鎌倉幕府再興の夢』が刊行。これまでマイナーな時代とされ、なかなか日の目を見なかった室町時代への注目が高まっている。
室町ブームを牽引する清水克行の最新作
そんな室町ブームだが、本日紹介する清水克行(しみずかつゆき)は、呉座勇一の『応仁の乱』の刊行の前年2015年に、高野秀行との共著となる『世界の辺境とハードボイルド室町時代』を上梓している。現代のソマリランドと室町時代の日本の共通性を論じ、話題になった著作だが、一連の室町ブームの先駆となった作品でもある。
さて、本題。本日ご紹介する『室町は今日もハードボイルド』は2021年刊行。新潮社の文芸誌「小説新潮」に2019年~2020年にかけて連載されていた記事を加筆・修正のうえで単行本化したものである。
筆者の清水克行は1971年生まれの歴史学者。明治大学では商学部(史学科じゃないのね)の教授を務める。
この本で得られること
- 室町時代の倫理観、価値観がわかる
- 室町時代ならではの興味深いエピソードを知ることが出来る
内容はこんな感じ
室町時代は、やられたらやりかえす自力救済の時代である。暴力による実力行使は当たり前。隣り合ったムラ同士の血で血を洗う150年戦争。横行する無差別大量殺人。自立し自衛、武装する農民たち。夫を奪った後妻を、集団で襲撃し殺害する先妻。二束三文で取引される人身売買。強い中央権力が存在せず、地域の分権化が進んだ時代。驚きのエピソードの数々が綴られる歴史エッセイ集。
目次
本書の構成は以下の通り
- はじめに
- 第1部 僧侶も農民も! 荒ぶる中世人
第1話 悪口のはなし おまえのカアちゃん、でべそ
第2話 山賊・海賊のはなし びわ湖無差別殺傷事件
第3話 職業意識のはなし 無敵の桶屋
第4話 ムラのはなし “隠れ里”の一五〇年戦争 - 第2部 細かくて大らかな中世人
第5話 枡のはなし みんなちがって、みんないい
第6話 年号のはなし 改元フィーバー、列島を揺るがす
第7話 人身売買のはなし 餓身を助からんがため……
第8話 国家のはなし ディストピアか、ユートピアか? - 第3部 中世人、その愛のかたち
第9話 婚姻のはなし ゲス不倫の対処法
第10話 人質のはなし 命より大切なもの
第11話 切腹のはなし アイツだけは許さない
第12話 落書きのはなし 信仰のエクスタシー - 第4部 過激に信じる中世人
第13話 呪いのはなし リアル デスノート
第14話 所有のはなし アンダー・ザ・レインボー
第15話 荘園のはなし ケガレ・クラスター
第16話 合理主義のはなし 神々のたそがれ - おわりに
日本中世のアナーキーな世界を描く
まず、こちらの画像を見ていただきたい。『室町は今日もハードボイルド』の帯バリエーションである。「殺!虐!斬!血!」と凄まじい。
こちらは「100円盗んでも死刑。」と物騒である。
本書では、実在する歴史史料の中から、室町時代のトンデモ(現代から見ればだが)エピソードの数々を紹介した内容となっている。勤勉で真面目。江戸時代以降の社会構造に根差したと思われる日本人観は、本書を読むと見事に崩壊する。
権力者の力が絶対的でなかった中世の時代。支配階級の権力は脆弱で十分な警察力、司法力を発揮することは難しかった。人々は犯罪被害に遭った場合、自分の力だけが頼りとなる。取られたら取り返す。殺されたら殺し返す。むしろやり返さないと舐められる。現代からは想像もつかないが、室町時代とはそんな驚くべき時代だったのである。
以下、特に印象的だったエピソードをいくつかご紹介しよう。
隣村同士の血まみれの150年抗争
まずは第1部の第4話「ムラのはなし “隠れ里”の一五〇年戦争」である。
これは、琵琶湖の北岸。現在の滋賀県長浜市の菅浦集落(マップ番号①)と、大浦集落(同②)が、間にある耕作地、日指(同③)、諸河(同④)の支配をめぐって争った記録である。平地の少ない菅浦集落にとって、わずかな面積とはいえ日指、諸河は重要な農業資本である。血で血を洗う抗争。昔年の戦いによって濃度を増していく村人間の憎悪。公権力の裁定を認めず、代官所ですら襲撃に及ぶ過激さ。二転三転する戦いの過程が興味深い。
室町時代の「後妻打ち」はガチ襲撃
続いて、第3部の第9話「婚姻のはなし ゲス不倫の対処法」から。この章では、いわゆる「後妻(うわなり)打ち」の習俗が登場する。後妻打ちとは、Wikipedia先生によるとこのように説明されている。
男性が妻を離別して一ヶ月以内に後妻を迎えたときに行われる。まず前妻方から後妻のもとに使者が立てられ、その口上で「御覚悟これあるべく候、相当打何月何日参るべく候」と後妻打ちに行く旨を知らせる。当日、身代によって相応な人数を揃えて主に竹刀を携え、後妻方に押し寄せ台所から乱入し、後妻方の女性たちと打ち合う。折を見て前妻と後妻双方の仲人や侍女郎たちがともにあらわれ仲裁に入り、双方を扱って引き上げるという段取りであった。
これは江戸期の文献に依るもので、かなり形式化されておりマイルドな内容となっている。しかし室町期の「後妻打ち」は本気の襲撃であった。本書の中では、先妻が集落の女たちを集めて、後妻宅を襲撃し、殺害に至らしめている戦慄すべき事例を紹介している。
虹が立ったら、市がでる
第4部の第14話「所有のはなし アンダー・ザ・レインボー」から。中世においては、虹が出たときに、そのたもとでは市が開かれる慣習があったのだと云う。
この時代、盗みは厳罰に処されることが多く、銭一枚盗んでも死刑に処された記録が残されている。中世人にはモノを自身と一体化してみなす考え方があった。それゆえに、他人のモノを盗むことは禁忌として嫌悪された。
虹の立つところは聖別された特別な場所であり、そこではモノにまつわる属性がリセットされる。売買に関する呪術的な空間として市が機能していたとする指摘は、とても興味深く読んだ。
人間の根源的な部分は共通している
以上、『室町は今日もハードボイルド』の殺伐としたエピソードをいくつかご紹介した。非人道的で、恐怖に満ちた恐ろしい時代に見える室町期だが、人間存在の根っこの部分は、現代人にも通じている部分があると感じた。
菅浦集落での抗争劇では、多大な犠牲を払い「合戦」を生き残ったものたちが、戦争回避のための教訓を後代に残している。苛烈に見える「後妻打ち」も、夫に直接あらがえない、女性の弱い立場を表しているという指摘。室町人のモノへの執着の強さは、現代人とはいえ笑えない側面も強いだろう。
現代から見れば、異世界のように室町時代だが、人間としての根源的欲求はあまり変わらないのかもしれない。本書を読んで、そう感じた。