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『老いと記憶』増本康平 痴呆症への備えを学ぶ

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脳の老化について知っておくべきこと

老いを迎えるにあたって、ガンや心筋梗塞、高血圧などの不安と並んで、気になってくるのが自身の痴呆症への危惧であろう。体の衰えもさることながら、脳の老化、痴呆症の進行はメンタルに相応のダメージをもたらすはずである。

私事ながら、わたしの母親は比較的ボケ始めるのが早かったこともあり、遠からずやってくるであろう老年期への怖れは人一倍なのである。

本書は2018年刊行。筆者の増本康平(ますもとこうへい)は1977年生まれ。神戸大学大学院人間発達環境学研究科の准教授を務めている方である。

目次はこんな感じ

第1章 衰える記憶、衰えない記憶(記憶のエイジングパラドクス;車を停めた場所は忘れても、車の運転は忘れない ほか)

第2章 記憶と物忘れ(衰える記憶への対処;興味関心が記憶をうながす ほか)

第3章 訓練によって記憶の衰えは防げるのか(認知症となっても症状がみられないケース;訓練の効果は限定的 ほか)

第4章 認知症予防および低下した認知機能の改善に向けて(なぜ認知症予防は注目されているのか?;認知症について ほか)

第5章 高齢期の記憶の役割(記憶は記録ではない;生み出される記憶 ほか)

変えられる事と変えられないこと

中年期から出来る認知症への備え

認知症の発症は、体質や遺伝的な側面が強く、こうすれば防げる!といった対策は無い。しかし生活習慣の改善などで、ある程度はリスクを抑えることが出来る。とする研究結果を、筆者は紹介している。

認知症の発症確率を高めてしまう要素として、紹介されていたのは以下の通り。

中年期から備えるべき部分(約20%)

・難聴
・肥満
・高血圧

高齢期からでも備えられる部分(約15%)

・喫煙
・うつ
・運動不足
・社会との接触の低さ
・糖尿病

難聴に対して備えたりできるのかは微妙だが、それ以外はある程度心がけて対策することは可能ではないかと思われる。

中年期からこれらのリスクに配慮することで、35%程度はリスクを減少させることが出来るわけだ。これを少ないとみるか、多いとみるかは難しいところだが、出来る部分から手は打っておいて損は無いだろう。

ちなみに、昨今もてはやされている「脳トレ」の類は、繰り返し行うことで、そのトレーニングそのものへの適応力は高めることは出来るが、痴呆症への対策には成り得ない、関連性が無いというのが実際のところらしい。残念。

衰える記憶と衰えない記憶

経験の記憶(エピソード記憶)は老化と共に衰えるが、技能の記憶は比較的長く保たれていく。そのため、これまでとは少しやり方を変える必要がありそうだ。

本書では、20世紀の名ピアニスト、ルービンシュタインが、老年期に入って行った対策について、興味深い事例を挙げている。

1)レパートリーを絞る(選択)
2)それを集中して練習(最適化)
3)早いパッセージの前では意図的に遅く弾くなど演奏を工夫する(補償)

経験の記憶は衰えていくので、レパートリーは減らす。ただ、残したレパートリーは集中して練習し最適化を行う。更に、最大の効果を挙げられるよう、演奏時に工夫を凝らしていく。

これは、わたしたちのような凡人でも見習うことが出来る考え方である。あれもこれもと手を出すのを止めて、本当に好きなこと、必要なことにやることを絞るのである。

筆者は更に、記憶補償のためのツールとして、スマートフォンなどでのアラート機能を駆使することで、ある程度はサポートが出来るのではと提唱している。現在の中年世代であればデジタルガジェットへの抵抗も少ないだろうから、積極的に使っていきたいところである。

とはいっても65%はコントロール不可能

これだけ対策しても、認知症を完全に予防する方法は無い。

来るべき喪失の時代を、どう過ごすべきなのか。筆者は自身の記憶力を高めるだけでなく、周りにどう記憶されるのかを考えるべきであるとしている。老いに抗うのでなく向き合うこと。自身の記憶は失われても、記憶は人に引き継ぐことが出来る。

結局は、いかに悔いなく現在を生きていけるかということに尽きるような気がしてきた。やりたいことは、元気なうちにドンドンやっていった方がいい。

『老いと記憶』/増本康平インタビュー

中央公論社のHPに著者インタビューが掲載されていたので、最後の一文を引用させて頂こう。

――最後に読者へメッセージを。

増本:年をとると一部の記憶力は衰えますが、だからといって悲観的になる必要もありません。本書にも書いたようにさまざまな方法で記憶力の低下に対処することができます。そして多くの研究は、記憶が単に情報を記録するためにあるのではなく、感情のコントロールに影響し、幸福感を高め、人生の評価の基になることを実証的に明らかにしています。

私が本の中で伝えたかったメッセージは、記憶のそのような働きが、加齢に伴い低下するのではなく、高齢期でも維持され十分に機能するということです。この本が記憶の意外な側面について知るきっかけになり、加齢に伴う記憶機能の変化についてポジティブなイメージももってもらえたら嬉しいです。

本書同様に、老化に伴い、記憶力は衰えるが、対処する方法はあるし、ポジティブな側面もある、悲観的にならなくても良いのだと繰り返し述べている。

どんな人間も老化は避けられないのだから、適切な対応は施しつつも、心穏やかに歳を重ねていければと願うばかりである。

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