ビズショカ(ビジネスの書架)

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『国道16号線 「日本」を創った道』柳瀬博一 国道16号線をめぐる文明論

日本最強の郊外道路の過去と未来

2020年刊行。筆者の柳瀬博一(やなせひろいち)は1964年生まれ。日経BP社で「日経ビジネス」の記者や、専門誌の編集、単行本の編集者として活躍。その後独立し、現在は東京工業大学リベラルアーツ研究教育院の教授職に就いている方である。

本書『国道16号線 「日本」を創った道』が、初めての単著となる。

内容はこんな感じ

国道16号線界隈。そこでは古代から人間が生活を営み、東国武者たちの勃興の地となり鎌倉政権、江戸幕府を支えた。明治期には、生糸の出荷ルートとして日本経済を支え。横浜や横須賀は貿易港、軍港として世界との接点になった。戦後はアメリカ文化が流入し、首都圏最大の郊外地域を形成した。「道」と「地形」から読み解いていく国道16号線をめぐる文明論。

国道16号線が好きだ!

私事で恐縮だが、わたしは神奈川県の横須賀市出身である。横須賀の道路と言えば国道16号線である(横横だろ!134号だろ!という意見もあると思うけど)。

一般的に横須賀と言えば「海」という印象が強いかもしれないが、地元民にとって横須賀は「山」のイメージが強い。丘陵地が海岸線まで迫り、平らな部分が少ない。勢いトンネルが多くなり、海岸線を縫うように走る国道16号線は狭く、いつ走っても渋滞していた(横浜横須賀道路が出来るまではホントに酷かった)。

大人になって県外に出ることが多くなり、驚いたのは国道16号が神奈川県ばかりでなく、東京や埼玉、更には千葉県にまで通じていたことである。

ちなみに国道16号線はこんな感じ。

 Googleマップのマイマップ機能で国道16号線を旅している方の地図を参照させていただいた(横須賀-横浜区間は、国道16号じゃなく横浜横須賀道路を走っているけど、感覚はつかめると思う)。

横須賀市の走水から、横浜を通り、町田、相模原、八王子と進み、川越、柏、木更津、そして千葉県の富津まで至る。

全線通して走ることはふつう無いだろうからなかなか気づかないが、国道16号線は環七、環八よりもはるかに広い半径の環状道路であることがわかる。都心部は全く通らず「郊外」地域だけを走っているのが特徴だ。

本書ではこの国道16号線を「「日本」を創った道」と持ち上げている。ホントかよ?とツッコミを入れたくなるところだが、以下、簡単に内容を振り返ってみよう。

第1章 なにしろ日本最強の郊外道路

最初の章では、国道16号を概観する。

国道16号線は神奈川、東京、埼玉、千葉、四都県の二十七市町村を結ぶ環状道路である。総延長は348.4キロ。沿線には1,100万人もの人々が暮らす。先ほども書いたが、国道16号は都心部を通らない。郊外都市だけを縫って進むのが特徴である。沿線には郊外らしい、国道沿いの大型店、チェーン店が立ち並ぶ。田舎ではないが、都市と言い切るには無理がある。でも、都心に出るためのアクセスは悪くない。鉄道網はあまり発達しておらず、クルマがないとちょっとキツイ。そんな国道16号線エリアの特徴が示されていくのである。

第2章 16号線は地形である

この章では、国道16号線エリアの地形的な特徴が紹介されている。山と谷。そして湿原と水辺。起伏に富みながらも豊かな水資源を持つ「小流域」を数多く持つことが、国道16号線エリアの特徴であると筆者は説く。

ここで筆者は、大学、城跡、城門時代の遺跡や貝塚、旧石器時代の遺跡が16号線エリアに多いことをGoogleマップを使って示し、古くから人々が暮らしてきた場所であることを印象付けようとする。ただ、16号線エリア以外の、他の場所にも当然こうしたスポットは存在するわけで、これは少々やり過ぎと言うか、恣意的な見せ方に過ぎたように思えた。

第3章 戦後日本音楽のゆりかご

この章では音楽文化の発信地としての国道16号線エリアが登場する。横浜や横須賀は海外文化の入り口である。ここからジャズやカントリーが入り、日本各地に伝播していく。進駐軍への楽曲提供事業者が独立し、後にナベプロ、ホリプロ、田辺エージェンシー、サンミュージック等の音楽事務所となっていったとする歴史はなかなかに興味深い。

矢沢永吉や、松任谷由実など日本国内のアーチストについても、国道16号線を歌った曲が多いことに驚かされた。

第4章 消された16号線

日本史の教科書と家康の「罠」と題して、この章では16号線エリアの歴史が描かれる。そして、重要な地域でありながら、歴史上はあまり注目されてこなかった理由に迫っていく。

徳川家康の江戸入府まで、この地域はうら寂れた寒村であったとするイメージが強い。しかし筆者は家康以前にも、江戸を中心とした周辺地域は、十分に栄えていたのだと説く。16号線エリアが虐げられてきたのは、徳川家康と日本史の教科書が戦犯なのだとか……。教科書も頁数に限りがあるだろうから、書きたくなくて書かなかったわけではなくて、他にもっと重要なことがあるから書けなかったのだと思うけど。

第5章 カイコとモスラと皇后と16号線

この章は、幕末から明治期にかけて、養蚕、生糸の輸出ルートとして、16号線エリアが文明開化に貢献したのだとする内容になっている。日本の主要な輸出品として君臨した、生糸と蚕種。明治期には桑都と呼ばれた八王子は、北関東からの生糸流通の中継点として栄え、積出港である横浜までの道のりは日本の「シルクロード」でもあったわけだ。生糸が流通していく過程で、海外からの文化や思想がもたらされていく。開国時に活躍した八王子の鑓水商人たちの存在が面白い。

第6章 未来の子供とポケモンが育つ道

最終章は16号線エリアの未来が語られる。少子高齢化と都心への回帰。結果として16号線エリアも人口減少社会での影響は避けられないところだろう。

ここで筆者はコロナ禍の今だから、16号線エリアが見直されるべきであると主張する。適度に自然が豊かで、適度に都心に近く、住環境は確かに悪くない。テレワークの有用性を知った人々は、コロナ禍が過ぎ去った後でもこのエリアを選ぶかもしれない。

この辺りは同じ16号線エリアでも明暗が別れそうな気がする。わたしの地元である横須賀いかんせん半島の先っぽなので、これからも明るい展望が見えてくる気がしないのだけど、町田や相模原あたりはまだまだ発展しそう。

国道16号線への愛に満ちた一冊

以上、かなり雑になってしまったが、『国道16号線 「日本」を創った道』の概要をお届けした。筆者の国道16号線愛がひしひしと伝わる内容に、元地元民としては楽しく読ませていただいた。思い入れが強い分、勢い余ってというか、筆が滑ってしまう箇所も散見されたが、それも愛ゆえと思えば致し方なし(笑)。

筆者は、各方面で16号線エリアを盛り上げる企画を立ち上げているようなので、気になる方はご本人のnoteをご覧いただければと思う。