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『断片的なものの社会学』岸政彦 人生は解釈不能な断片で出来ている

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社会学者が紡ぐ「断片」の数々

2015年刊行。新潮社の文芸誌「新潮」、早稲田文学会の文芸誌「早稲田文学」、太田出版の季刊誌「atプラス」、朝日出版社のウェブサイト「朝日出版社第二編集部ブログ」などに掲載されていた作品に、書下ろしを加えて単行本化したもの。

筆者の岸政彦(きしまさひこ)は1967年生まれの社会学者で、小説家でもある。現在は立命館大学の教授職にある人物。

断片的なものの社会学

本書は、紀伊國屋書店が実施している、人文書の賞、「紀伊國屋じんぶん大賞」で、2016年の大賞を受賞している。

わたしとしては、発売直後に一度図書館で借りて読んで、面白かったので文庫化されたら購入しようと思っていた作品。だが全然文庫化されないので、結局、単行本版で買ってしまった(買ったとたんに文庫化されそう)。わたしが買ったのは2022年の第十六刷。長く売れ続けている人気作となっている。

朝日出版社の特設ページもあるよ。

岸政彦は、2017年には初の小説作品『ビニール傘』を上梓。こちらはいきなり芥川賞と三島由紀夫賞の候補作品になってしまった。気になるので小説の方もいずれ読んでみるつもり。

内容はこんな感じ

社会学者である筆者が、さまざまな人々に出会い、多くの語りを聴く中で知った「断片」の数々。世界には無数の人間が存在し、それぞれの人生を生きている。しかしわたしたちが他者の人生を垣間見ることができるのは、そのわずかな断片、ほんの一瞬に過ぎない。それらは安易な理解や解釈を拒み、ただそこに在り続ける。語りの中から垣間見える「断片」を綴っていくエッセイ集。

目次

本書の構成は以下の通り

  • イントロダクションー分析されざるものたち
  • 人生は、断片的なものが集まってできている
  • 誰にも隠されていないが、誰の目にも触れない
  • 土偶と植木鉢
  • 物語の外から
  • 路上のカーネギーホール
  • 出ていくことと帰ること
  • 笑いと自由
  • 手のひらのスイッチ
  • 他人の手
  • ユッカに流れる時間
  • 夜行バスの電話
  • 普通であることへの意志
  • 祝祭とためらい
  • 自分を差し出す
  • 海の向こうから
  • 時計を捨て、犬と約束する:物語の欠片
  • あとがき

わたしたちの知らない「断片」たち

ヘンリー・ダーガーというアーティストをご存じだろうか。彼は市井に生きる一介の掃除夫として暮らしながら、その陰で、誰に見せるでもない膨大な量のアート作品を残した。彼の死後、これらの作品は失われるところだったが、いくつかの奇跡的な偶然が重なって「発見」され、世界的な認知を得ることとなった。

ダーガーの作品は幸運にも世界に見出されることが出来たが、これは例外中の例外の事象と言って良い。世界には多くの見出されることが無かったダーガーたちが居て、わたしたちが彼らの存在を知ることは決してない。

わたしたちの人生において、認知できる他者はごくごくわずかなものだ。そんな他者のうちの、更に僅かな「断片」しかわたしたちは知ることできない。世界にどれだけの人間がいて、どれだけの「断片」があって、しかもその多くをわたしたちは知ることも、存在すらも知らずに生きていく。

「断片」を在るがままに見つめる

生きているうちには、時としてなんだかよくわからない、理解不能な現象が起こる。河原を歩いてたら、全裸の老人が歩いてきたり。零落して団地住まいをしているおっさんが、なぜかミンクのコートをごっそり隠し持っていたり。顔を合わせるたびに鉢植えを押しつけてくる老婆が居たり。

もちろん彼らにはそれぞれの人生があって、しかるべき理由があって、相応の行為を行っているはずだ。だが、わたしたちは彼らの人生全てを知ることはできない。触れることが出来るのはわずかな「断片」だけだ。「断片」はいくら集めても「断片」でしかなく、全体像を掴むことは難しい。世の中にはこうした理路整然とロジカルに収めることができない「断片」に溢れている。

筆者はこうした「断片」を無理に解釈したり、分析したり、意味を見出そうとしたりせずに、ただそこに在ることを受け止めようとする。安易な物語化を拒む。

わたしたちは無数の「断片」に取り囲まれている

社会学者である筆者は、研究、調査の過程で数多の人々の話を聴くことになる。「インタビューの最初の質問は、海に潜るときの、最初のひと息に似ている」と筆者は云う。他者の語りに耳を傾けることは、深く海の底に沈んでいくことに近い感覚なのだとか。「他者が嫌い」と公言する筆者が、こうした仕事を続けているのはなんとも因果なものである。

本書で示されているさまざまな「断片」は、これこれこういうものであると解釈することが不可能なものばかりだ。もとより、他者とは理解しがたいもので、理解できないものに囲まれて人間は生きている。だが、こうした「断片」の数々が、時として心地よく感じられることもある。他者を疎ましいと思いながらも、それでも求めてしまう。その辺が、人間のなんとも面倒なところではある。

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