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『体験格差』今井悠介 子どもたちの間に「体験」の格差が広がっている

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2024年刊行。筆者の今井悠介(いまいゆうすけ)は1986年生まれ。東日本大震災をきっかけに、生活困窮家庭の子どもたちの学びを支援する公益社団法人チャンス・フォー・チルドレンを設立。今回の『体験格差』が初めての著作となる。

体験格差 (講談社現代新書)

Webメディアの現代ビジネスに、いくつか記事を執筆しているようなのでリンクを貼っておく。

内容はこんな感じ

スポーツ活動や、文化的なお稽古ごと。週末のイベントや、家族揃っての宿泊旅行。子どもたちの間で「体験」の格差が広がっている。望めばいつでも「体験」を与えられる子どもたちと、望んでも「体験」を与えられない子どもたち。その差はどこにあって、背景にはいかなる事情があるのか。子どもの貧困を新たな視点で読み解いていく一冊。

目次

本書の構成は以下の通り。

  • はじめに
  • 第1部 体験格差の実態
    1. 「お金」と体験格差
    2. 「放課後」の体験格差
    3. 「休日」の体験格差
    4. 「地域」と体験格差
    5. 「親」の体験格差
    6. 体験格差の「現在地」から
  • 第2部 それぞれの体験格差
    1. ひとり親家庭の子ども
    2. 私が子どもだった頃
    3. マイノリティの子ども
    4. 体験の少ない子ども時代の意味
  • 第3部 体験格差に抗う
    1. 社会で体験を支える
    2. 誰が体験を担うのか
  • おわりに
  • 参考文献

子どもの体験格差に特化した全国調査

筆者が立ち上げた、公益社団法人チャンス・フォー・チルドレンでは、全国の小学生保護者2,097人に対してアンケートを実施した「子どもの体験格差に特化した全国調査」について結果を公表している。

ポイントは以下の三点。

  • 経済的に厳しい家庭の子どもの約3人に1人が、学校外の体験機会が何もない
  • 物価高騰により、特に経済的困難を抱える家庭で子どもの体験機会が減少している
  • 現在の経済状況が厳しい保護者ほど自身が小学生だった頃の体験機会が少ない

リンク先のページには要旨が書かれているので、手っ取り早く内容を知りたい方はこちらを読まれることをお薦めする。

「体験」を妨げているもの

本書で「体験」をめぐるさまざまな事例が紹介されている。「体験」を妨げているものには、根源的には経済的な困窮がある。加えて、経済面以外での保護者の負担も見えてくる。生活困窮世帯では、ひとり親(多くは母親)の場合が多く、なんとかお金を工面して「体験」をさせたいと思っても、習い事への送迎をする時間が確保できない。スポーツチームなどでは、親による運営ボランティアも求められるが、そのニーズに応えることができない。周囲との接点がなく、低コストで楽しめる「体験」があったとしても、その情報にアクセスできないといったケースもあるのだとか。

また、親の世代から「体験」を得ていないと、そもそも子に「体験」をさせようとする発想すらも出てこなくなってくる。

体験格差にどう抗うか?

筆者らは「体験」の場を少しでも増やそうと、さまざまな活動を行っている。筆者はすべての子どもが「体験」を得られる社会を形成していくためには、以下の五つの施策が必要であると提言している。

  1. 体験格差の実態調査を継続的に実施する
  2. 体験の費用を子どもに対して補助する
  3. 体験と子どもをつなぐ支援を広げる
  4. 体験の場で守るべき共通の指針を示す
  5. 体験の場となる公共施設を維持し活用する

まずは適切な現状把握のために実態調査が必要だ。そして体験の費用を補助するのであれば、団体や、親ではなく子どもたちに対して行うべきだと筆者は説く。また、子どもたち自身は、どんな「体験」が存在するかはわからないであろうから、「体験」と子どもたちを繋ぐ支援も必要だ。そして子どもたちを事故や、権利侵害から守るための、「体験」における運用の指針も必要となってくる。また、昨今減少の一途をたどっている、青少年向け教育施設の維持、活用も重要だろう。

筆者は「体験を贅沢品でなく必需品とみなせる風潮」が必要だと主張している。昨今では、ちょっとした家族旅行ですらも贅沢であるとみなされる風潮がある。習い事をさせる金があるなら、まずは塾に通わせるという家庭もあるだろう。だが、子ども頃にしか味わえない「体験」の数々は、これからの人生にとって血肉なっていくはずだ。

おまけ:自分はどうだったか考えてみると

手前味噌で恐縮だが、わたし自身の経験を振り返ってみると、小学校時代の「体験」はこんな感じ。

まずはお稽古ごと系。何一つ長続きせず、我ながら根気がなさ過ぎて嫌になるが、親的にはそれなりに機会を与えてくれていたものと思われる。

  • 書道(1年で挫折)
  • そろばん(1年で挫折)
  • 地域の少年団(2年で挫折)

続いて旅行系。

  • 父方の祖父母宅(茨城)に夏と正月に訪問(毎年)

わが家の場合、父方の祖父母宅への訪問(親的には帰省)が固定行事化していたので、他に家族で旅行に行く機会はほとんどなかった。夏休みの場合、親は仕事があるので数日で帰ってしまうのだが、その後、半月ほどわたしは祖父母宅に放置されていた。祖父母の家からは、歩いてすぐの場所に海水浴場があったので、小学校時代の私はひたすら海で泳いでいた。親としては祖父母に子どもの世話を丸投げ出来たので、楽ではあったのかもしれない。子どものわたしとしては、口うるさい親元から離れて、自由に過ごせたのは得難い「体験」になったと思っている。

子どもの世話を頼める親の実家が健在であった点でも、わが家はかなり恵まれていた方だったのだろうとは思う。

格差問題本はこちらもおススメ