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『天正伊賀の乱』和田裕弘 古い地域支配の終焉と中央集権化の流れ

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信長VS伊賀衆

2021年刊行。筆者の和田裕弘(わだやすひろ)は1962年生まれの戦国史の研究家。

天正伊賀の乱-信長を本気にさせた伊賀衆の意地 (中公新書 2645)

戦国時代、特に織田家に関する著作を数冊上梓しており、中公新書からは以下の三作を世に送り出している。

  • 2017年『織田信長の家臣団―派閥と人間関係』
  • 2018年『信長公記―戦国覇者の一級史料』
  • 2019年『織田信忠―天下人の嫡男』

この本で得られること

  • 天正伊賀の乱の全体像がつかめる
  • 伊賀地域の歴史がわかる

内容はこんな感じ

1578(天正6)年。織田信長の息子で、伊勢国を支配していた織田信雄は、隣国である伊賀国へ攻め入り惨敗を喫する。その結果に激怒した信長は、三年後、圧倒的な軍勢で伊賀国に押しよせ、伊賀の国人領主たちを圧倒する。天正伊賀の乱と呼ばれることとなるこの戦いの全貌を、信頼できる史料をもとに丁寧に読み解いていく。

目次

本書の構成は以下の通り

  • はじめに
  • 序章 伊賀国の特殊性
  • 第一章 乱勃発前夜
  • 第二章 織田信長と伊賀衆の関係
  • 第三章 北畠信雄の独断と挫折 第一天正伊賀の乱
  • 第四章 織田軍の大侵攻 第二次天正伊賀の乱
  • 第五章 伊賀衆残党の蜂起 第三次天正伊賀の乱
  • 終章 近世の幕開き
  • あとがき

あまり描かれることのない信長の伊賀攻め

天正伊賀の乱(てんしょういがのらん)は第一次が1578(天正6)年、第二次が1581(天正9)年に起きた、織田軍VS伊賀惣国一揆との戦いである。

信長は1582(天正10)年に本能寺で討たれるので、天正伊賀の乱は晩年の戦いと言える。この時期の織田軍は、本願寺攻め、荒木村重の謀反、毛利との対決、武田との最終決戦間近と著名イベントが目白押しで、なかなか天正伊賀の乱にスポットが当たることは少ない。戦国系の大河ドラマでも割愛されることが多いのではないだろうか。

国衆が割拠していた伊賀国

伊賀国は、現在の三重県北西部。伊賀市と名張市に相当する地域である。

戦国期の伊賀国では、他国に比べて守護領国制が発達せず、抜きんでた勢力が伸長することがなかった。周囲を山に囲まれた地理的な事情もあって、隣国の大勢力に侵略されることもなく、戦国時代の末期に至るまで独立を保っていた。この時期の伊賀国は大名でも、特定の宗教勢力でもない、中小勢力の寄り合い所帯とも言える特殊な地域となっていたのである。

しかし、隣国である伊勢国が織田家の支配下に入ったことで、伊賀国の運命は大きく変わっていく。

天正伊賀の乱の顛末

一般的に、天正伊賀の乱は第一次と、第二次の二回の戦いの総称とされる。

第一次は、織田信長の、次男、北畠信雄(きたばたけのぶかつ)の伊賀侵攻である。信長の命を受け、伊勢の名家、北畠家を継いだ(実質的に乗っ取った)信雄は、独断で隣国の伊賀国に攻め込む。しかし準備万端で待ち受けていた伊賀衆の反撃を受け、この戦いは信雄の惨敗に終わる。

そして第二次は織田信長当人による大侵攻である。周囲に強敵を抱え、伊賀国に兵を回す余裕がなかった三年前と異なり、第二次天正伊賀の乱で信長は投入できる戦力のほとんどを伊賀攻めに注ぎ込んでいる。こういう時に出し惜しみしないのが、信長の凄みなのだろう。圧倒的な織田軍の大勢力の前に、伊賀衆は壊滅し、数万もの人々が虐殺され、中小国衆による伊賀国の地域支配は終焉を迎える。

本書『天正伊賀の乱』では、信頼できる史料をベースに、この戦いの前史から発端、そそしてその結果と影響までをたどっていく。和田裕弘は、信頼できない史料の記録は容赦なく撥ね退け、史実により近しいであろう事象のみを丹念に拾い上げていく。

「第三次」天正伊賀の乱とその後の伊賀国

本書で興味深いのは、本能寺の変後に発生した「第三次」天正伊賀の乱についても論じている点である。信長によって壊滅させられたかに見えた伊賀衆であったが、本能寺の変後に生じた権力の空白に乗じて再蜂起する。しかし、この反乱も失敗に終わり、そののちの伊賀国は、既成の権力基盤の中に組み込まれていく。

信雄の後に、この地の平定を秀吉から任されたのが、賤ケ岳の七本槍で知られる、脇坂 安治(わきざかやすはる)であったことは本書を読んで初めて知った。駆け出しの小身武将なのに、伊賀国という難治の地をいきなり任されたのは同情に値する。

その後の伊賀国には、大和国の筒井定次が入るも不行跡で改易となり、最終的には家康お気に入りの、藤堂家が入り幕末まで続くことになる。

藤堂家の支配の中で、かつての伊賀衆は「伊賀者」となり、諜報の世界で細々と命脈を保つ。本書の末尾では、江戸期における「伊賀者」の雇用状況が掲出されており、この部分もなかなかに面白かった。

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