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『謎のチェス指し人形「ターク」』トム・スタンデージ 18世紀に登場した「機械知性」の可能性

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実在したオートマトン(自動人形)の数奇な生涯

2011年刊行。原著の『The Turk: The Life and Times of the Eighteenth Century Chess Player』は2002年刊行。筆者のトム・スタンデージ(Tom Standage)は1969年生まれの、イギリス人作家、編集者。

謎のチェス指し人形「ターク」

歴史的な事跡を、科学的知見を踏まえて読み解いていくタイプの著作が得意で、以下の作品が刊行されている。

  1. The Turk: The Life and Times of the Eighteenth Century Chess Player
  2. The Victorian Internet
  3. The Neptune File
  4. A History of the World in 6 Glasses
  5. The Future of Technology
  6. An Edible History of Humanity
  7. Writing on the Wall: Social Media—The First 2,000 Years
  8. A Brief History of Motion: From the Wheel, to the Car, to What Comes Next

このうち、1が本日紹介する『謎のチェス指し人形「ターク」』だ。

また、2は『ヴィクトリア朝時代のインターネット』、4は『歴史を変えた6つの飲物』としてそれぞれ邦訳版が刊行されている。こちらもいずれ読む予定。

この書籍から得られること

  • 18世紀に実在したオートマトン「ターク」の秘密がわかる
  • 人工知能、機械知性の本質とは何なのか知ることが出来る

内容はこんな感じ

18世紀のウィーン、マリア・テレジアの王宮に、画期的な新発明、オートマトン(自動人形)「ターク」が現れる。自動でチェスを指す「ターク」は、なだたる名手たちを次々と打ち負かしていく。その後80年にわたって、欧米各地を巡業、数奇な運命をたどった「ターク」のその後と隠された秘密。そして機械知性の本質についても考察していく一冊。

目次

本書の構成は以下の通り。

  • まえがき
  • 第1章 クイーンズ・ギャンビット・アクセプテッド
  • 第2章 タークのオープニング
  • 第3章 最も魅惑的な仕掛け
  • 第4章 独創的な装置と見えない力
  • 第5章 言葉と理性の夢
  • 第6章 想像力の冒険
  • 第7章 皇帝と王子
  • 第8章 知能の領域
  • 第9章 アメリカの木の戦士
  • 第10章 終盤戦
  • 第11章 タークの秘密
  • 第12章 ターク対ディープ・ブルー
  • 謝辞
  • 原注
  • 参考文献
  • 訳者解説

なお、このレビューでは「ターク」の正体についてのネタバレを含む。その点ご了承いただきたい。

自動チェス指し人形「ターク」誕生!

ハンガリー人の発明家ヴォルフガング・フォン・ケンペレン(Wolfgang von Kempelen)はハプスブルク家、マリア・テレジアの王宮に仕え、自動チェス指し人形「ターク」を発明する。「ターク」は宮廷のチェスの名手たちを次々と撃破し、マリア・テレジアにも絶賛される。

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/2/25/Turk-engraving5.jpg

ビジュアル的にはこんな感じ。

トルコ人 (人形) - Wikipediaより

「ターク」の数奇な運命

「ターク」は絶大な人気を博する。発明者のケンペレンはハプスブルク王朝の枢密顧問官にまで栄達を遂げる。だが、ケンペレンはあまり「ターク」の存在を、あまり大っぴらにはしたくなかったようだ。

ケンペレンの死後、「ターク」は紆余曲折を経て、稀代の興行師ヨハン・ネポムク・メルツェル(Johann Nepomuk Maelzel)に買い取られる。興行師としてカリスマ的な才能を持っていたメルツェルによって「ターク」の名は、全ヨーロッパ、更にはアメリカ大陸にも広まっていく。

科学文明が欧州世界を席巻しつつあった時代、オートマトンによる見世物興業は盛んにおこなわれていた。「ターク」はその中でも群を抜いて著名な存在で、多くの歴史上の有名人と邂逅を果たしている。世界屈指のチェス・プレイヤー、フィリドールと対戦(これはさすがに負けたらしい)、自動織機(力織機)の発明者カートライトに示唆を与え、ロシアでは女帝エカテリーナにも評価されている。更にはナポレオンと対戦(これには勝った)。アメリカ大陸では、エドガー・アラン・ポーが、その秘密に迫らんと考察記事を残している。

しかし、天才興行師メルツェルの死後、「ターク」は次第に顧みられなくなり、1854年の火災に巻き込まれ消失してしまった。

「ターク」の秘密とは

ここまで読んでくださった方なら、当然とある疑問にたどり着いているだろう。18世紀の技術で、人工知能によるチェス人形なんて作れるはずがない、と。

この疑問はごもっともで、高名なチェスプレーヤを続々と撃破していった「ターク」には秘密があった。そう、「中の人」が居たのである。つまり「ターク」はインチキだったのだ。「中の人」には、錚々たるチェスの名手たちがセレクトされていたし、「ターク」をもっともらしく見せるための演出は、ケンペレンから、メルツェルの時代に至ってさらに洗練されたものとなっていた。

科学の時代が到来していく中で、機械への無限の期待感、信頼感が「ターク」の神秘性を守った。科学知識が一般層に浸透していく中で、科学に出来ることと出来ないことの区別が次第に明らかになってくると、次第に「ターク」には不信の目が向けられていく。そう考えると、「ターク」はこの時代ならではの、徒花ともいえる存在だったのだと思わざるを得ない。

人間と機械の境界線はどこにあるのか

ところで、20世紀の数学者アラン・チューリングが提唱した、チューリングテストをご存じだろうか。Wikipedia先生から引用させていただくとこんな感じ。

人間の判定者が、一人の(別の)人間と一機の機械に対して通常の言語での会話を行う。このとき人間も機械も人間らしく見えるように対応するのである。これらの参加者はそれぞれ隔離されている。判定者は、機械の言葉を音声に変換する能力に左右されることなく、その知性を判定するために、会話はたとえばキーボードとディスプレイのみといった、文字のみでの交信に制限しておく。判定者が、機械と人間との確実な区別ができなかった場合、この機械はテストに合格したことになる。

チューリング・テスト - Wikipediaより

「ターク」については会話はできないが、チェスプレーヤとしてふるまうことで、判定者に対応できる。「ターク」はその技量によって、対戦者たちに人間らしさ(知性)を実感させていたはずだ。つまり「ターク」が活躍していた時代にあって、「ターク」は人類に機械知能の可能性を予見させた最初期の存在であったというわけだ。

本作の終盤には、現代の機械知性の最高峰である、チェス専用プログラム「ディープ・ブルー」が登場する。チェスの世界チャンピオンに勝利し、人間を凌駕している「ディープ・ブルー」は、現代の「ターク」と捉えることが出来るのかもしれない。

荒俣宏の書評があったのでリンクしておく。

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