トム・スタンデージの第一作
オリジナルの英国版は1998年に刊行されており、原題は『The Victorian Internet』。筆者のトム・スタンデージ(Tom Standage)は1969年生まれのジャーナリスト。本作が初著作となる。他にも、『謎のチェス指し人形「ターク」』や『世界を変えた6つの飲み物』が邦訳されている。
最初の邦訳は2011年にNTT出版から刊行されている。訳者の服部桂(はっとりかつら)は1951年生まれで、元は朝日新聞科学部の記者。
ハヤカワ文庫版は2024年に登場している。文庫化に際して「文庫版のための訳者解説」として、「インターネットの前に来たものーー文明を画した電信時代」が巻末に収録されている。
内容はこんな感じ
19世紀。ヴィクトリア朝に登場した電信技術が世界を変えていく。モールス符号を用いた即時の情報伝達。欧州、アメリカ間での情報共有が一瞬で出来るようになったことで、グローバル化の流れが促進される。電信技術の発展は、政治、経済、軍事、そして人と人とのコミュニケーションの在り方にも影響を及ぼしていく。だが、革新的と思われた電信技術も、やがて新技術「電話」によって駆逐されていく。
目次
本書の構成は以下の通り。
- まえがき
- 第1章 すべてのネットワークの母
- 第2章 奇妙に荒れ狂う火
- 第3章 電気に懐疑的な人々
- 第4章 電気のスリル
- 第5章 世界をつなぐ
- 第6章 蒸気仕掛けのメッセージ
- 第7章 暗号、ハッカー、いかさま
- 第8章 回線を通した愛
- 第9章 グローバル・ヴィレッジの戦争と平和
- 第10章 情報過多
- 第11章 衰退と転落
- 第12章 電信の遺産
- エピローグ
- 新版あとがき
- 謝辞
- 参考文献
- 訳者解説
- 文庫版のための訳者解説
世界が繋がる熱狂と興奮
20世紀末、インターネットの普及により、世界各地の情報は瞬時に共有されるようになった。結果として、グローバル社会の到来をもたらした。しかしインターネットに先駆けて、世界に情報革命をもたらした先駆的な存在があった。それが有線による電気通信、電信だ。
19世紀、ヨーロッパの情報がアメリカに伝わるには、船で情報を送るしかなく、どんなに急いでもおよそ6週間の日数が必要だった。これが大陸間に有線ケーブルを沈め、電信によってモールス信号を送ることで瞬時の相互情報伝達が可能となったのである。これがどれほど革命的な出来事であったかは想像に余りある。
1830年代にはプロトタイプの導入がはじまるが、あまりに画期的であったがゆえに、人々にはその有用性がなかなか理解されない。しかし、その便利さが知れ渡っていく中で、やがて爆発的に普及していく。当時の電信敷設業者(現在のインターネットプロバイダのご先祖さまみたいなものか)は、ケーブルを敷けば敷くだけ儲かったらしく、凄まじいバブルが到来したのだとか。世界の20,000都市が電信で結ばれ、日本でも、明治維新直後の1870年には使われるようになっている。
ちなみに高野史緒のエスエフ小説『カント・アンジェリコ 』は、18世紀初頭、もし絶対王政期のフランスに電信技術があったらというifをベースにした作品。気になる方はこちらもチェックである。
時代の花形だった電信オペレータ
依頼された文章を高速で打鍵しモールス信号を送る。また、受信した信号を即時に文章化する。これには高度な技術が必要であり、この技術を会得した電信オペレータは貴重な人材として重宝された。その数はおよそ数千人。彼らは毎分25~30語の単語を打鍵し、毎時60本のメッセージを送信できた。発明王として知られるエジソンも、青年時代に凄腕の電信オペレータとして活躍している。
女性の働き手も多く、彼女らの多くは、聖職者、商人、官僚の娘であったという。一定の教育を受けた女性の、社会進出の一翼をも担っていたことになる。
オペレータ同士の交流も発生し、回線が空いているときは私信を送りあうようになり、やがては恋愛結婚に発展する事例も登場した。数百人規模でのオンライン会議も開催されたらしい。ネットを通した人びとの交流は、19世紀には既に始まっていたのだ。
電信、電話、そしてインターネットの時代へ
だが、電信オペレータがもてはやされる時代は長くは続かない。人間の10倍の速さでメッセージが送れる自動電信装置が発明されるのだ。そして、1880年代には電話が登場し、電信技術そのものも下火になって行く。そして100余年を経て、電話の時代は終わり、インターネットの時代が始まるのだ。
2006年にアメリカの電気通信事業者ウエスタン・ユニオンは電報の取り扱いを終了した。日本でもNTTの社長が電報廃止の論議を立ち上げた。電報の利用は、現在では慶弔での利用がほとんどで、それ以外のニーズがあるとも思えないので、妥当な判断ではあると思う。
わたしたちは電信後の世界に生きている
電信技術が普及するまで、情報伝達のスピードは極めて遅かった。そのため、人々は目の前にある限られた情報だけで判断をすればよかった。しかし、電信技術によって、瞬時にさまざまな情報がいくらでも入ってくるようになると、人々は多数の情報の中から考えて取捨選択をしなくてはならない。しかも即座の判断も求められる。そしてボヤボヤしていれば、次々に新しい情報が入ってくるのだ。情報過多の時代の到来であり、人間は休む間もなく働くことを強いられる。
本書では、電信技術は、現在のインターネットに通じる部分が数多くあるのでは?と説く。国境を越えた瞬時の情報伝達。双方向での意思疎通。過剰で絶え間ない情報の奔流。便利さと引き換えにしたネット犯罪の増加。そして軍事技術としての在りよう。全ては電信の時代に、既に始まっていたのかと思うと感慨深い。
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