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『椿井文書(つばいもんじょ)』馬部隆弘 日本最大級の偽文書の正体

偽史が発生するメカニズムを知る

2020年刊行。筆者の馬部隆弘(ばべたかひろ)は1976年生まれの歴史学者。大阪大谷大学の准教授で、戦国期権力論、城郭史、偽文書研究で知られる人物。本書で一気に知名度があがった。やはり中公新書で出てくると影響力が大きい。

お名前は、馬「部」隆弘であって、馬「場」隆弘ではないので注意が必要である(ずっと間違って覚えてたごめんなさい)。

椿井文書―日本最大級の偽文書 (中公新書)

内容はこんな感じ

江戸時代末期、近畿一円に流布した偽文書が存在した。制作者の名は椿井政孝。系図、由来書、境内図。数百点を超える膨大な偽文書は、地域のニーズに合致したことから正史として継承され、現代にも大きな影響を与えている。椿井政孝は何故このような文書を残したのか。当時の時代背景を読み解き、その生成のメカニズム、受容の歴史を振り返る。

椿井文書が凄い!

椿井文書(つばいもんじょ)は、江戸時代後期、旧山城国相楽郡椿井村(現京都府木津川市)の住人、椿井政孝(つばいまさたか)が残したとされる膨大な偽文書群である。その数は現存しているものだけでも近畿一円、数百点に及ぶ。

椿井政孝は、村と村との間で地権争いが起きているような場所に現れる。一方の側が有利になるような、古文書を「発見」し争論を決着に導こうとするのである。ちょっとした謝礼も出たようだ。

まずは関連する一族の系図を捏造。神社や土地についての縁起、由来を創作する。中世以前の文献については、「模写」のスタイルを取り、多少見た目が新しくなっても支障が出ないように取り繕う。椿井政孝は、相応な歴史的知識を持ち合わせていたので、捏造する史料は、それなりのもっともらしさを持っている。更に、彼の作る史料は、相互の辻褄がキチンとあっている手の込んだもので、数が増えれば増える程、後からの信憑性が増してくる。

現存する数があまりに多く、内容にも一定の納得感があっただけに、椿井文書は明治期以降も命脈を保つ。なんと現代の町おこし、村おこしのネタになっているのだというから驚きである。

意外に憎めない椿井政孝

当時の椿井家は金には困っておらず(幕末には困窮して椿井文書が散逸するのだが)、椿井政孝にとって、文書の創作は趣味と実益を兼ねた楽しい作業だったのではないかと思われる。

ちゃっかりしているのは、嘘がバレても言い逃れが出来るように細かい工夫をしていることだろう。存在しない未来年号の多用し、意図的な表記のズラしを行っている。

実際に疑念をぶつけられたら、「戯れ言ですよ」で言い逃れることが出来たのかはわからないが、知識人の知的遊戯としては魅力的なものであったのだろう。

実際に現地を足を運び調査を行い、膨大な手間暇をかけて史料を捏造し、更に一定の「本当らしさ」を醸し出すのは手間のかかるものである。椿井政孝自身は、相当な熱量をもって文書作りに勤しんでいたのだと想像できる。事の良しあしはともかく、歴史好きとしてはちょっとうらやましくも思えてしまうから不思議である。

椿井文書が蔓延した理由

椿井文書がこれほどまでに世に広まった理由として、筆者は以下の点を挙げている。

  • かくありたい歴史を見せてくれる

椿井政孝が示した史料の数々は、土地土地の当事者にとって非常に都合の良いものであった。誰でも、自らの先祖や故郷には立派な由来や由緒があって欲しいと思うものである。権利関係の問題が関連するならなおさらである。そのため、少々怪しい点があったとしても、目の前の利益のためにそれらの疑念は無視されたのである。

  • 既存の史料との整合性

椿井政孝の抜かりの無さは、既存の史料との辻褄をしっかり合わせて来ている点である。特に、江戸期に幕府の支援を経て並河誠所が編纂した、近畿地方の地誌「五畿内志」を参照しうまく整合性を取っている。

  • 都市部での活躍を避ける

椿井政孝は京都や大阪などの大都市部では活躍していない。大都市部では知識人、教養人が多く、偽造を見抜かれる可能性があった。

  • 研究者は偽史を黙殺する

歴史家にとって、椿井文書は容易に偽文書と見抜けるレベルの内容だった。しかし、嘘を嘘だと証明することは意外に手がかかるものである。何のメリットもない偽文書のために貴重な研究時間を割くことはしないのが普通であろう。

  • 研究者の細分化、住み分けが進んでいる

歴史研究者の裾野が広がり、中世史は中世史、近世史は近世史とジャンルの細分化が進み、守備範囲以外の分野への知見が乏しくなっている。ジャンルの違う研究者間での交流も減っている。そのため、椿井文書の問題点が共有されることが無かった。

  • 住民感情への配慮

わが町を盛り上げたいと願う、地元民の願いが椿井文書と結びつくと問題はよりやっかいになってくる。町のためにと住民感情が盛り上がると、行政側としてもなかなか無下にはできない。かくして、行政のお墨付きが出てしまうと椿井文書は印刷され、ネットに掲載され定着化してしまう

偽史は偽史であると示すこと

世に、トンデモ系の歴史本は数知れない。一時期、流行った「江戸しぐさ」なども自治体がお墨付きを与えて、教科書にまで掲載されてしまい、深刻な問題となったのは記憶に新しいところである。

「江戸しぐさ」も誰もがおかしいと思いながらも、内容のバカバカしさに専門家がとりあわずにいたら問題が泥沼化してしまった事例である。

偽史を偽史であると証明することは非常に難しい。捏造されたものであっても既に史料として存在するものを否定するには、その数倍の労力が必要となってくる。多くの研究者たちが自らの本業の時間を削ってまで、偽史の否定の乗り出さないのはそのためであろう。

しかし、偽史をそのまま放置していくと、行政に入り込み、時には教育の場すらゆがめてしまうことがある。不毛な作業なのだとは思うが、放置してはおけない問題なのであろう。

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昨年の今ごろに刊行された著作だが、各方面で話題になっており、いくつかネットに記事がある。

こちらはWeb中公新書の著者インタビュー記事。

こちらは文春オンラインでの円城塔による書評。

AERA.dotでの長薗安浩の書評。

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