応仁の乱後、七人の将軍はどう生きたか?
2023年刊行。筆者の山田康弘(やまだやすひろ)は1966年生まれの歴史学者。専門は日本中性子。現在は東京大学史料編纂所の学術専門職員。ちなみに考古学者の山田康弘(東京都立大教授)とは同姓同名の別人みたい。
その他の著作はこんな感じ。いずれも本書と同じ、室町幕府の後期将軍を取り扱っている。
- 戦国期室町幕府と将軍(吉川弘文館:2000年)
- 戦国時代の足利将軍(吉川弘文館:2011年)
- 足利義稙(戎光祥出版:2016年)
- 足利義輝・義昭(ミネルヴァ書房:2019年)
- 戦国期足利将軍研究の最前線(山川出版社:2020年)
内容はこんな感じ
1467年の応仁の乱以降、室町幕府は弱体化していく。時代は戦国乱世へと移り変わり、将軍の権威も衰えていく。しかしそれでもなお室町幕府が、その後100年も存続しえたのは何故なのか?足利将軍の権威、影響力はどの程度維持されていたのか。何故幕府はすぐには滅びなかったのか。激動の時代をしたたかに、そしてしぶとく生き延びた七人の将軍を取り上げ、その生涯を解明していく。
目次
本書の構成は以下の通り。
- はしがき
- 序章 戦国時代以前の将軍たち
- 第1章 明応の政変までの道のり―九代将軍義尚と一〇代将軍義稙
- 第2章 「二人の将軍」の争い―義稙と一一代将軍義澄
- 第3章 勝てずとも負けない将軍―一二代将軍義晴
- 第4章 大樹ご生害す―一三代将軍義輝
- 第5章 信長を封じこめよ―一五代将軍義昭
- 終章 なぜすぐに滅びなかったのか
- あとがき
義政より後の足利将軍
室町幕府の将軍で有名なのは、初代の尊氏、最盛期を誇った三代義満、応仁の乱を招いた八代義政。あとは、剣豪将軍として知られた十三代義輝、そして最後の将軍である十五代義昭。一般的に知られている将軍はこのあたりだろうか。特に義政以降、室町幕府後半の将軍たちにはドラマなどで脚光があたることもなく、知名度は皆無なのではないか(義輝、義昭は除くとして)。
本書はそんな知られざる室町幕府後半戦の将軍たちを取り上げた意欲的な一冊である。全国には戦国大名が群雄割拠し、幕府の権力は失墜し、その存在は形骸化していく。だが、幕府はすぐには滅びなかった。本書ではその点にも注目し、その理由について考察を重ねていく。
室町幕府の構造的欠陥
室町幕府の足利将軍は広大な直轄領を持たず、直接動員出来た兵力も2000~3000人程度だった。後の江戸幕府が400万石もの天領を持ち、旗本八万騎を抱えていたのとはなんとも対照的だ(家康は室町幕府の轍を踏まないように周到に準備したのだろうとは思う)。
室町幕府はその発足にあたり、各地に守護を配した。当時の守護はあくまでも足利将軍の代理人に過ぎず、将軍が意のままに人選が出来た。中央から派遣されてきた守護が各地を支配できたのは将軍の権威があったから。このため守護たちは将軍の命令には従わざるを得ず、有事には兵を従えて将軍の軍事力として機能した。
しかし幕府の権力が衰え、守護が地元での勢力基盤を強固にしていくと話は変わってくる。幕府の権威なしに実力で領国を支配できるのであれば、将軍の命令にいちいち従う必要はなくなってくる。かくして室町将軍の権力は張子の虎になっていく。
室町時代の後半が面白い!
さて本書で紹介されているのは九代義尚(よしひさ)から、十五代義昭までの七人の将軍である。応仁の乱以降の室町幕府は、とにかく将軍の力が脆弱なので、どの有力武将と組むかが最重要事項となってくる。現代に置き換えるなら、脆弱な政権与党が、日和見的に連立相手を次々に変えていくようなイメージだろうか。
連携する相手を誤れば、たとえ将軍といえども京都を追われてしまう。細川一門、三好一族、六角氏、越前の浅倉氏、本願寺、そして織田信長に至るまで。実力者は数年で入れ替わっていく。猫の目のように変わる複雑な政治情勢を的確に判断し、巧みに生き延びていく室町後半の将軍たちの生きざまが面白いのだ。このグダグダ感は現代にも通じるところがあるように思えて実に興味深い。
それでも幕府が続いた理由
とはいえ衰えたとはいえ権威は権威。将軍は将軍である。各地の守護には将軍を打倒して取って代わろうとまで考えるものはおらず、都合のいいときだけ頼りにし、うまく将軍の力を利用していた。筆者は将軍の利用価値として以下を挙げている。
- 栄典獲得競争の有利な展開
- 正当化根拠の調達
- メンツを救いショックを吸収する装置として使う
- 家中内対立を処理する
- 周囲からの批判を回避する
- 権力の二分化を防ぐ
- 内外から合力を与える
- 交渉のきっかけを与える
- 敵の策謀を封じ込める
- 情報を得る
- ライバルを「御敵」にする
- 敵対大名を牽制する
- 他大名と連携する契機を得る
- 幕府法の助言を得る
また、幕府が滅びた理由としてはこれらの利用価値を将軍が果たすことが出来なくなったこと。信長や秀吉が将軍に代わって、上記の価値を提供できるようになったことが挙げられている。
室町時代から現代を読み解く
現代世界は200あまりの国々に分裂しており、これは室町時代後期の政治状態と似ていると言えないこともない(ちょっと強引だとは思うが)。筆者は室町時代後期の足利将軍を国連の事務総長に例えている。それぞれの国内政治に関与する力はないし、直接的な軍事力も持たない、だが、その権威を使った国際調停は出来る。
単純に室町時代を現代に置き換えて考えるのは危険ではあるものの、室町時代を通じて現代を捉え直すことで、新たな発見があるのではないか、そう筆者は説くのである。本書は、あまり見聞きすることがない足利将軍七人の生涯を知ることが出来る点だけでも十分楽しいのだが、現代の視点を持ち込むことで、より深く楽しめるのではないかと思われる。
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