傷つかないための心理学
2015年刊行。米国での原著タイトルは『No One Understands You and What to Do About It』。
ハヤカワ文庫版は2020年に登場。わたしが読んだのはこちら。
筆者のハイディ・グラント・ハルヴァーソン(Heidi Grant Halvorson)は1973年生まれの社会心理学者。コロンビア大学ビジネススクールのモチベーション・サイエンスセンターの副所長。『やってのける』『やり抜く人の9つの習慣』など多くのベストセラー書を世に送り出している。
音声朗読のAudible版(オーディオブック)もある。
『だれもわかってくれない』の音声朗読版を30日間無料体験で聴く。
この本で得られること
- 人間がどうしてわかりあえないのかがわかる
- 自分を正しく理解してもらうための方法がわかる
内容はこんな感じ
どうして人間はわかりあえないのか。なぜ私は他人から誤解されてしまうのか。家族、恋人、そして職場で。人間関係の悩みは絶えない。こうであると思っている自分像と。他者が見ている自分像は多くの場合一致しない。外部からの認識にはバイアスがかかり、過ちを冒す傾向が強い。しかし、その誤りは予測することが可能である。社会心理学の第一人者が教える、人間心理の法則とは?
目次
本書の構成は以下の通り
- 互いを理解するのはなぜこんなに難しいのか
- 誰もが持つ、認識を歪める三つのレンズ
- パーソナリティによって変わるレンズ
- 人を正しく理解し、人から正しく理解されるには
人間の認知にはバイアスがかかる
上司に正しく評価してもらえない。彼女は何故怒っているのか。子どもが言うことを聞いてくれない。社会で生きていく上で、人間関係の悩みからは逃れることが出来ない。
自分が考えていることを正確に相手に伝えること。自分はこういう人間です!とキチンと他者に理解してもらうことは存外に難しい。それは何故なのか?
人間が理解し合えない理由として、筆者は人間の認知にはバイアスがかかることを挙げている。本書の中ではそれを「レンズ」と呼んでいる。つまり裸眼であれば正しく物の姿を認識できるのに、特定の「レンズ」をかけているがために物の姿が歪んで見えてしまうというわけだ。
筆者はさまざまなバイアス(レンズ)の事例を紹介しつつ、本当の自分を理解してもらうにはどうすればいいのか、その打開策を説いていく。
では、以下各章ごとにザックリとまとめてみよう。
第一章 人に理解してもらうのは驚くほど難しい
大前提として、自分の考えを相手に理解してもらうには、どんな条件が必要だろうか。以下の四点が必要である筆者は説く。
- 認識する側に情報が与えられること
- その情報が意味を持つものであること
- 認識する側が、その情報に気付いて注目すること
- 認識する側が、その情報を正しく扱うこと
人間は自分が思っている以上に、他者に対して自分の意図や考えをはっきりと伝えていない。また、自分がハッキリと伝えたとしても、相手がそれを正確に受け止めてくれない限り理解は深まらない。この四つの前提を満たすことがまず難しいのだ。
人間は他人が自分を客観的に見てくれると思いがちだ。しかし、自分が相手を理解しているのと、同じレベルで相手が自分を理解してくれるわけではないのである。
第二章 人は認識のエネルギーをケチる
では、どうして人間は他者をうまく理解できないのだろうか。
人間は認知的倹約家である。脳は多くの情報を処理しなければならないが故に、できるだけ少ないエネルギーで認識をしようとケチをする。そのため、他者を理解しようとする際に、ショートカットや憶測を用いたがる。
ショートカットや、憶測の事例としては以下が挙げられている。いずれも心当たりのある方が多いのではないだろうか。
- 確証バイアス:自分が見たいと思うことしか見ようとしない
- 初頭効果:第一印象に引きずられる
- ステレオタイプ:出自や、性差、外見などのカテゴリに対する思い込み
- ハロー効果:一つの形質が優れていれば、全てが優秀だと思い込む
- 偽の合意効果:自分の意見には周囲も賛成であろうと思い込む
- 偽のユニークネス:自分の持っている性質は優れたものであると信じてしまう
第三章 他者を判断する二段階のプロセス
さて、実際に人間が他者を判断しようとする際には、どのような手順を踏むのであろうか。本書ではフェーズ1とフェーズ2、二つのプロセスの存在を提示する。
フェーズ1:思い込みにより自動的に判断する
- 本人が気づかないうちに起こる
- 意識的な意図なしに起こる
- 特に努力を必要とせずに起こる
- 完全にでなくても、ほとんどコントロール不能である
多くの認知はこのフェーズ1で止まってしまう。フェーズ1は自動的な処理。無意識での判断であり、ショートカットや憶測に支配される。認知的倹約家としての自分が優位を占めている状態である。
フェーズ2:思い込みにより自動的に判断する
- 注意と努力を要する
- 意識的に行われる
- 必要時のみ行われる
フェーズ2の認知に進むにはより多くのモチベーションが必要となる。これには時間もかかるし、意識的に考える必要も出てくる。ここで始めてショートカットや憶測だけではなく、状況や固有の要素を考慮に入れた認知が発生する。ここまで進めばより正確な認知が得られる可能性が高い。しかし、残念ながら多くの人間はこのフェーズ2の認知に至らないのである。
第四章 信用レンズ
ここからは人間の認知を歪めてしまうバイアス(レンズ)について筆者は述べていく。
信用レンズは簡単に言えば、
- 敵か味方かで決まるバイアス
ということになる。信用できる相手なのか。自分にメリットがある相手なのであれば、評価は上方修正されるし、信用できない、自分にデメリットをもたらす相手であれば評価は下方修正される。
信用レンズの判断基準として、筆者は「温かみと能力」に基づくとする。温かみは自分の味方であることの証であるし、能力は意図を確実に実現できるかどうかの判断基準となる。
第五章 パワーレンズ
パワーレンズは権力者、上司、相対的に力の強いものが所持するバイアスである。強い力をもつ者は、力の弱い者に対して認知が歪んでしまう。その本質は、
- 上位者が持つバイアス
である。
強者は強者であるため。またはあり続けるために強いプレッシャー下にある場合が多い。そのため、弱者に対して十分な認知のエネルギーをかけることが出来なくなる。第三章で書いた認知プロセスで言えば、フェーズ1の認知に依存しがちになるのだ。
それでは、弱者は強者に対して、正しい認知をしてもらないのか?その対応策として、筆者は以下の打開策を提示している。
強者の目標達成に対して、有用性をアピールする
会社であれば上司の目標達成に対して、自分が役に立つ人間であることを示せるかどうか。今期のノルマにあと少し売り上げが足りない。その不足分を自分がコミット出来るのであれば、上司は弱者であるあなたに対しても、より正確に理解しようと、フェーズ2の認知を使ってくるのである。
第六章 エゴレンズ
エゴレンズは自分がより優位に立つために。他者に対して、自分がより上位の存在であると認識するためのバイアスである。
- 自己肯定感を守るためのバイアス
と、筆者は定義付けている。
人間、誰しも自分は人並み以上であると認識しがちである。ただ、この人並み以上と認識している部分は人によって異なる。それは美しい外見であるのかもしれないし、頭の良さや、資産の多さ、人脈の豊富さ、所属する組織の大きさかもしれない。
この自分が人並み以上だと感じている部分が脅かされるときに、エゴレンズは作用する。営業成績が自分より優れた部下が異動してくる。採用面接で自分よりかわいい女の子がやってきた。そんなときの自信の「エゴレンズ」を感じてしまうことがある筈である。
自分のエゴレンズであれば、ある程度制御できるかもしれないが、他者のエゴレンズの相手は厄介である。この章で示される他者のエゴレンズ対策は以下の通り。
- 謙虚にふるまう。自分自慢をしない。
- 相手を肯定する気持ちを伝える。褒める。事実に基づく肯定をする。
- 共通点を見つけ「自分たちへ」同じ側の人間であることをわからせる
第七章 積極的な「報酬追求型人間」、慎重な「リスク回避型人間」
この章からは、人それぞれの個性や立場によって変化するレンズについて。
紹介されるのは対極的な二つのレンズである。あなたはどちらのタイプだろうか?
- プロモーション(促進)フォーカスレンズ:積極的にリスクを取り成果を追い求める
- プリベンション(予防)フォーカスレンズ:リスクを回避し、現状維持に努める
相手がどちらのレンズを持つ人間であるのか。それによって取る対応が変わってくる。促進型のタイプであれば、利益や勝利、より良い未来を想起させ楽観的に攻略した方が良いだろうし、予防型タイプであれば、損失やミスを避け、安定や安全性を現実的に説いた方が良いだろう。
第八章 依存心と不安心の強い人、回避的でよそよそしい人
この章で登場するのは愛着障害によって生じるレンズである。生育環境の違いによってパーソナリティに変化が生じてしまう。登場するのはこちらの三つ。
- 安定型レンズ
親が適切に子どものニーズに応え、愛情を注いできた場合。付き合いやすく、信頼できるキャラクターとなる。
- 不安型レンズ
親には愛情はあるものの適切にそれが子に届けられていない場合。常に不安を抱いて育った人間は、その反動から過度に他者に対して尽くすようになる。自己肯定感も不安定で、嫉妬心も強くなりがち。拒絶に対して強い抵抗感を示す。
- 回避型レンズ
親の愛情を受けておらず、他者を信用しないし頼ろうともしない。他人に何も望まないし、自分にも何も望んで欲しくないと思うタイプ。
第九章 悪い印象や誤解を与えてしまったとき
最終章では、これまでの内容を振り返りつつ、それでは悪い印象を与えてしまったり、誤解が生じてしまった時にはどうすれば良いかを示してくれている。フェーズ1止まりであった認知を、いかにしてフェーズ2に進めるか。筆者が提示する打開策は以下の四点である。
- 圧倒的な量の証拠を示す
これは比較的わかりやすい方法。ただ一度固まってしまった印象を覆すには、膨大な手間と時間がかかる。
- 相手が意見を修正したくなるようしむける
相手の平等であり公正でありたいとする意識に訴える。この方法はタイミングが重要で、使いどころが難しいかもしれない。
- 相手の成功にとって欠かせない存在になる
「パワーレンズ」の章でも登場した自分の有用性をアピールする方法。仕事関係では使いやすい手法。もっとも、自分にそれだけの有用性があることが前提になるが。
- こちらに非があるときは謝る
これも大切。自己正当化をしないで、時には謝罪を選択するのも大切。
まとめ:二段階の認知を知ろう
以上、ハイディ・グラント・ハルヴァーソン『だれもわかってくれない』について、概要を駆け足でご紹介してみた。
「レンズ」の部分は言い回しこそ目新しいかもしれないが、内容的には既知の概念ではないだろうか?相手は敵か味方か。上司ならではの振る舞い方。自分は常に正しいと思ってしまう。いずれも自分の経験に当てはめてみれば心当たりのあるケースだろう。
個人的に、参考になったのは第三章の「他者を判断する二段階のプロセス」である。人間は誰もが認知的倹約家であるため、バイアスのかかったフェーズ1のみで他者を判断するという主張は非常に新鮮な視点でありながら、納得感の高い考え方だった。
他者を認知する際にフェーズ1だけで判断していないだろうか。中高年が年を取ればとるほど視野が狭くなり、一面的なものの見方をしてしまうのにはこうした理由が背景にはあるのかもしれない。
メンタル、コミュニケーション関連ではこちらの本もおススメ