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『くもをさがす』西加奈子 コロナ禍のバンクーバーでがんになった

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西加奈子、初のノンフィクション作品

筆者の西加奈子(にしかなこ)は1977年生まれの小説家。2004年の『あおい』がデビュー作。2006年の第三作『きいろいゾウ』は2013年に映画化。2015年の『サラバ!』では直木賞を受賞し、この年の本屋大賞では第2位にランクインしている。

くもをさがす

本日ご紹介する『くもをさがす』は2023年4月の刊行作品。西加奈子としては初のノンフィクション作品ということになる。本作は発売後6日間で10万部の重版が決定。累計20万部を突破している。ということは初版の時点で既に10万部なの?すごい!さすがは直木賞作家というところだろうか。

河出書房新社による特設サイトはこちら。各メディアでの紹介履歴や、関連グッズの販売が行われている。

内容はこんな感じ

語学留学のため、家族と共にカナダ、バンクーバーに滞在していた筆者は、現地の病院で乳がんの告知を受ける。折しも新型コロナウイルスによる、全世界的なパンデミックが進行してる最中、不慣れな異郷の地でのがん闘病が始まる。海外での医療アクセスへの困難さ。日本とは異なる常識。家族や、多くの友人たちの献身的なサポート。告知から寛解までの八か月を綴ったがん「治療」エッセイ。

目次

本書の構成は以下の通り。

  • 蜘蛛と何か/誰か
  • 猫よ、こんなにも無防備な私を
  • 身体は、みじめさの中で
  • 手術だ、Get out of my way
  • 日本、私の自由は
  • 息をしている

カナダでがんになる

筆者は2019年から語学留学のためにカナダに渡っている。そして留学三年目となる2021年に乳がんの告知を受ける。しかも進行が早いトリプルネガティブ乳がんだった。がんの告知は誰でもショックであろうに、筆者の場合、加えて海外での告知である。しかもタイミングは最悪のコロナ禍の只中だ。

カナダの場合、カナダ人であれば国民皆保険制度で、医療は無料。外国人については、州ごとに適用が異なるが、筆者の住んでいたバンクーバー(ブリティッシュコロンビア州)では、一定期間滞在する人間であれば保険申請出来るみたい。

医療費が無料なのだから、病院は常時パンク状態になる。しかもコロナ禍だ。通常の診療は何日も待たなければ診てもらえないし、緊急搬送ですら何時間も待たされる。医師の説明は断片的だし、看護師の質もばらつきがある。自分で情報を集めて、積極的に医療にかかわっていかないと大変なことになる。

もっとも衝撃を受けたのは、乳がんを全摘出した筆者の手術が「日帰り」だった点だ。ドレーンが刺さったまま退院って……。

人間関係の豊かさに救われる

医療事情的には過酷な環境なのだが、筆者をとりまく人間関係は豊かである。カナダ滞在暦の長いノリコや、麻酔医のアマンダ。抗がん剤治療で髪が抜け落ちてしまう筆者のためにウィッグを作ってくれるマユコ。がんサバイバーのユキエ。入院の送迎に来てくれるマユコとノリコ(しかし、手術の朝に旦那が家で寝ているのは謎だが)。次から次へと手を差し伸べてくれる友人たちが登場し、筆者の人徳を感じさせられた。

異郷の地だからこそ、他者に対して「助けて」と素直に言える部分があるのかもしれないが、それにしてもこのサポートの手厚さは正直羨ましく感じた。ふつうの人間だったら、孤独の中で誰にも助けてもらえず、絶望状態に陥っていきそう。

あなたのために書いた

冒頭の第一章「蜘蛛とは何か/誰か」の中に、がんについての筆者の捉え方を表している一文がある。

でも、もしがんになってしまったのなら、それはもうそういうことだったのだ。誰にでも起こることが、たまたま自分に起こったのだ。

『くもをさがす』p57より

何か特別に悪いことをしたからがんになるわけではない。現在、がんは「日本人男性の2人に1人、女性の3人に1人」が罹患する、誰でもかかる病気だ。故に、本書ではがんと闘わない。病気を「やっつける」という表現もしない。あくまでもこれは「治療」であると筆者は考える。

そして、最終章の「息をしている」で筆者は、こう書いている。

これは「あなた」に向けて書いているのだと気づいた。どこにいるのか分からないあなた、何を喜び、何に一喜一憂し、何を悲しみ、何を恐れているのか分からない、会ったこともないあなたが、確かに私のそばにいた。

『くもをさがす』p243より

この「あなた」は、わたしたちひとりひとりを指しているのだろう。誰もがいつかは、がんになるかもしれない。そんな、ごくふつうの「あなた」に向けて本書は書かれているのだと感じた。

その時が来たらまた

とはいえ、病気とは「自分ごと」になってみないとなかなか実感できないものだ。父と母を。そして友人の何人かをがんで失っているわたしだが、とうていがんに罹患した方の気持ちを理解できているとは言えない。そのため、本書についても、おそらくは表面的な部分の理解しか出来ていないのではないかと思う。

いずれ(そうなりたくはないが)、自分が同じような立場になった時に改めて本書を手に取ってみたいと考えている。

くもをさがす

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