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『ぼけますから、よろしくお願いします。』信友直子 認知症を身近な問題として考える

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映画化もされたノンフィクション作品

2019年刊行作品。筆者の信友直子(のぶともなおこ)は1961年生まれのテレビディレクター、映像作家、映画監督。

新潮文庫版は2022年に刊行されている。文庫化に伴い文庫版あとがき「ひとまずのお別れ」が追記されている。

ぼけますから、よろしくお願いします。 (新潮文庫)

内容はこんな感じ

87歳を迎える年の正月に母は「今年はぼけますから、よろしくお願いします」と言った。既に認知症の兆候があった母の症状は、それ以来加速度的に悪化していく。母を支えるのは95歳になろうとする父。実家を離れ、遠い東京で暮らす娘には何が出来るのか。老々介護。遠距離介護。そして介護離職の問題。映像作家である筆者が、自らの体験を赤裸々に綴った家族の記録。

目次

本書の構成は以下のとおり。

  • はじめに
  • 第1話 お母さんは、認知症になったんかもしれん…
  • 第2話 「お母さんがおかしゅうなったけん、撮らんようになったん?」
  • 第3話 私が帰ってきた方がええかね?
  • 第4話 「詐欺グループの名簿に、お母さんの名前が載っていました」
  • 第5話 「人に迷惑をかけない年寄りになりたいです」
  • 第6話 「わしにも男の美学があるんじゃ」
  • 第7話 「あんたはあんたの仕事をした方がええわい」
  • 第8話 「どうしてかね、大事なときに。せっかくあんたが帰ってきとるのにね」
  • 第9話 「この老夫婦は誰ですか?」
  • 第10話 「あんたの仕事じゃけん、わしらは何でも協力するよ」
  • 第11話 「これは乳にするぶん」
  • 第12話 「カメラマンか何か知らんが、知らんヤツをこの家に入れるなよ」
  • 第13話 「私たちにつないでいただければ、あとは何をしてでも入っていきます」
  • 第14話 「介護はプロとシェアしなさい」
  • 第15話 「母の認知症は、神様の親切かも」と思うに至った私
  • 第16話 「おまえは感謝の心を忘れたんか!」
  • あとがきにかえて――父と母のいま
  • ひとまずのお別れ――文庫版あとがきにかえて

介護を経験したことがないわたし

私事で恐縮だが、わたしの母親は60代後半から認知症の症状が出始めていた。もともと肺がんを患っており、何度かの手術を繰り返していくうちに認知症の症状も進み、亡くなる頃の73歳の時点では、直前の出来事もほとんど記憶出来ていない状態になっていた。ただ、肺がんの末期であったので病院に長期入院中であり、わたしは介護らしい介護を経験したことがほとんどない(なお、父親は60代の前半で亡くなっている)。

身もふたもない話だが、その後の相続手続きで、地元に住んでいる妹と何度か会うたびに話したのは「わたしたちは介護をしなくて済んだんだよね」という、なんとも後ろめたい実感だった。

それだけに本書を読むことで、わたしが現実には体験することが無かった、介護の難しさ、哀しさ、切なさを多少なりとも知ることが出来た。これからはむしろ、自分のこととして捉えていくべきなのかもしれない。

映像作家ならではの業

本作は同名のドキュメンタリー映画として公開されヒット作となっている(2023年7月現在Amazon Prime対象作品)。

映像作家である筆者は、母親の認知症が酷くなる以前から、家族の姿を記録としてカメラに収め続けてきた。だが、母親の認知症の悪化によって、一時的にカメラを止めることになるのだが、こんなときだからこそカメラを回すべきなのではないかと考え、再び撮影を開始する。

この記録が結果として、後々に映画として公開されていくことになる。介護はきれいごとではすまないだろうし、公開したくない辛い内容も多々あるはずで、それでも記録をし続けて世に出そうとするのは、筆者の映像作家としての業なのかもしれない。

映像を見て思ったのだが、認知症を患ってからのものだけでなく、お元気であった頃の映像が残っていることで、この病の残酷さが浮き彫りにされているように思える。

介護はプロとシェアしなさい

本書を読んでわかるのは、介護は家族だけで抱え込んでしまっては駄目だということだ。行政や医療機関に適切なタイミングで相談をし、ホームヘルパーやデイサービスなども活用する。プロの視点で家族を見てもらうことで、自分では気づかなかった解決策も見えてくるし、何よりも他者に悩みをシェアできることで気が楽になる。とかく家族の中で全て対処することが美徳とされがちな日本社会だが、介護のプロに頼っていくことは本当に大切なのだと感じた。

我が家の場合、通常の病院から、終末期の病院に転院させる際に一か月ほど期間が空いてしまい、母に自宅で過ごしてもらった。この際、平日は地元の妹が、週末はわたしが実家に戻って対応をしていたのだが、併せてヘルパーの方にも家に入っていただいた。食事の手配や、ちょっとした片付け、薬の飲み忘れのケアなど、短い期間ではあったが大変にお世話になり、プロの心配りを非常にありがたく感じたことを覚えている。

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