「まつもと(な)」さんが本を出した!
2023年刊行。筆者の松本直美はイギリス、ロンドン大学ゴールドスミスカレッジ音楽学部で上級講師を務めている人物。専門は歴史的音楽学。特にオペラ分野の研究で多くの実績を残されている方。
Twitter(現X)をされている、クラシック音楽好きの方なら「まつもと(な)」さんと書いた方がピンと来るかな。
5月30日に「ミュージックヒストリオグラフィー」と題する本を出版しました。固い本ではなく笑えるトピックをたくさん盛り込んだ「音楽史」「音楽そのもの」を斬る本です。クラシック音楽の話も多いですがクラシックなんか興味ない方に是非読んで頂きたいです。https://t.co/U1eX1wfMEu
— まつもと(な) (@FintaPazza) June 15, 2023
内容はこんな感じ
学校の音楽室にはずらりと並ぶ作曲家の肖像画。張り出された音楽年表。尊ばれる伝記的な要素。こうした西洋音楽の受容はいかにして成立したのか。日本史や世界史でありえない「音楽史」ならではの齟齬。目に見えない音楽を歴史として取り扱ったときに浮かび上がってくるさまざまな問題点。「音楽史」とは何なのか?どう書かれてきたのか。そしれこれからはどうあるべきなのか?最前線の現場から考え直した一冊。
目次
本書の構成は以下の通り。
パートⅠ 音楽史、この珍妙なるもの―「肖像画」と「伝記」と「年表」のお話
- プレリュード
- 音楽家の肖像画
- 音楽家の伝記
- 音楽史の年表
パートⅡ 音楽史、その歴史を探る―「音楽史の今昔」と「名曲神話」を追って
- プレリュード
- 音楽史の今昔(前編)
- 音楽史の今昔(後編)
- 名曲神話(前編)
- 名曲神話(後編)
パートⅢ 音楽史の明日を考える―視座の変化と共に更新される音楽史
- プレリュード
- 音楽を解釈するということ;音楽史が教えてくれること(前編)
- 音楽史が教えてくれること(後編)
- 変わりゆく音楽史
- 音楽史の将来
「音楽史」について考えてみる
本書は三部構成を取っている。
まずパートⅠの「音楽史、この珍妙なるもの」では、肖像画、伝記、そして年表を例に挙げる。目に見えない「音楽」をいかにして一般の人間に向けて説明すればいいのか。音楽の常人離れした特異なエピソードを連ねることで、「音楽」をあたかも文学作品のように読み解こうとする流れの存在を示す。
パートⅡの「音楽史、その歴史を探る」では、あらためて「音楽史」とは何なのか。「音楽史」そのものの研究史を振り返っていく。後半ではクラシック音楽が現在の形で鑑賞されるようになった経緯を概観していく。
そして最終章となるパートⅢ「音楽史の明日を考える」では「音楽史」はどうして必要なのか?何の役に立つのか?日本人が西洋音楽を嗜むとはどういうことなのか。そしてグローバル化が進展していく中での「音楽史」のこれからを考える。
笑ってしまうような小ネタや、意外なエピソードも多数収録されており、お堅い学術書といったスタイルは取っておらず、非常に読みやすい内容となっている。
重層的な「音楽」の歴史
本書を読んで実感させられたのは「音楽(本書では主として西欧のいわゆるクラシック音楽を指す)」の受け止め方は一つではないこと。安易に決められないなのだという点にある。時代による考え方、需要の違い。地域による捉え方の違い。筆者は「楽曲は意味のレイヤーをまとう」と表現している。
ちなみに音楽史とはWikipedia先生的に見るとこんな意味。
音楽史は複数にわたる研究対象と方法がある、音楽学および歴史学の領域の一つである。研究対象として、歴史学的な時代区分に基づいたもの、また特定の地域における音楽史を扱ったもの、さらに特定のジャンルに限定したもの、演奏慣習や音楽理論など音楽学的な主題を扱ったものなどが挙げられる。
読んでいてもいまいちピンとこない?音楽史の捉えどころのなさ、ふわっとした感じがわかる一文かもしれない。
音楽の歴史は、ある程度認識の固まってきている日本史や世界史と比べて、より研究者による解釈の幅がものすごく広い。これは時代を経れば、いずれ固定化されていくわけではなく、さらに揺らいでいく可能性が高い。筆者は「過去は変わらないが、わたしたちがそれを見る視点自体は変化する」と説いている。
かつては「作曲家、作品の歴史」であった音楽史は、現在、更に加えて「音楽を担うすべての人々を含めるという、本当の意味での「音楽」の歴史になろうとしている」。楽曲だけではなく、それを受容している人々の文化や社会までも音楽史は取り扱うことになる。これからも音楽史は変遷し続けていくというわけだ。
音楽史研究の最前線にいる筆者だからこそ書けた一冊でもあり、一般の方向けに平易な文書で書かれている点も良い!
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