元ウクライナ大使が書いたウクライナの歴史本
2002年刊行。筆者の黒川祐次(くろかわゆうじ)は1944年生まれの、元外交官。モントリオール総領事、ウクライナ大使、モルドバ大使、コートジボワール大使、ベナン・ブルキナファソ・ニジェール・トーゴー大使などを歴任。退官後は、日本大学の国際関係学部国際関係学科教授に。現在は学術団体である、ウクライナ研究会で、研究会賞の選考委員長を務めている方。
書店の新書コーナーで、一か所だけ平台の在庫が切れていたら、ほぼこの作品だったりする。ロシアによるウクライナ侵攻から一か月余りが経過した、いま、もっとも読まれている新書のひとつではないかと思われる。
この書籍から得られること
- ウクライナの複雑な歴史がわかる
- どうしてロシアがウクライナに侵攻したかがわかる
内容はこんな感じ
人口は4,000万人を超え、ロシアに次ぐヨーロッパ第二の広大な国土を持つ、知られざる大国「ウクライナ」。紀元前に活躍したキンメリア人、遊牧民族スキタイ。ビザンツ帝国の支配。キエフ・ルーシの誕生。リトアニアの支配。タタールの軛となる、モンゴル族の襲来。ポーランドの支配。オスマン帝国の進出。大国ロシア、ソヴィエト連邦の時代。そして独立へ。複雑な経緯をたどったウクライナの歴史を概観する一冊。
目次
本書の構成は以下の通り。
- まえがき
- 第1章 スキタイ―騎馬と黄金の民族
- 第2章 キエフ・ルーシ―ヨーロッパの大国
- 第3章 リトアニア・ポーランドの時代
- 第4章 コサックの栄光と挫折
- 第5章 ロシア・オーストリア両帝国の支配
- 第6章 中央ラーダ―つかの間の独立
- 第7章 ソ連の時代
- 第8章 三五〇年間待った独立
民族の十字路
本書を読んで最初に思い浮かんだのは「民族の十字路」という言葉だった。東西ヨーロッパ、そしてアジア地域への接点ともなっていたウクライナは、古代から支配民族がめまぐるしく入れ替わっていた。
紀元前のキンメリア人、スキタイ人、サルマタイ人、その後のゴート族やフン族、アヴァール族、ブルガール族の侵入。現在の主要構成民族であるスラヴ人が定着したのは7世紀頃なのだとか。日本のような島国ではなかなか考えられない。
大国に支配されていた時代も長い。ビザンツ帝国、ポーランドやリトアニア、キプチャク汗国、オスマン帝国の支配を受け、近代ではロシア、20世紀にはソヴィエトに組み込まれていた。ソヴィエト崩壊に伴い、国としての独立を果たしたのは1991年。なんと国家が生まれて、まだ30年しか経過していないのである。
ロシアとの複雑な関係
現在のロシアのウクライナ侵攻の背景について、本書では知ることが出来る。
キエフ・ルーシ公国(キエフを都とするロシアの意)は10世紀頃に成立するが、その活動期間は短く、13世紀に入るとウクライナ地域はモンゴル系のキプチャク汗国の支配を受ける。この時期、ルーシを名乗る勢力の一部は、モスクワに入りモスクワ大公国を興し、やがてロシア帝国へと発展していく。つまりロシア帝国はキエフ・ルーシ公国の分家筋にあたるのだが、その分家筋が強大な力を持ってしまったことになる。ロシアにとっても、ウクライナはルーツとも言える土地となっていることが事態をややこしくしているのだ。
クリミア地域の特殊性
クリミア半島は2014年にロシアに一方的に併合されてしまった。この地域も、非常に複雑な歴史をたどっている。ウクライナ本土からは切り離された、モンゴル系のクリミア汗国としての歴史が長い。近代に入ってからはロシアとオスマン帝国との間で激しい領土争いが展開される。クリミア戦争では激戦地となり、ロシアがこの場所にこだわるのも歴史を考えればうなずけてしまう。
ウクライナとは独立した歴史をたどってきたクリミア半島だが、ソヴィエト、フルシチョフ政権時代に、ウクライナに移管されている。この時代、ウクライナはあくまでもソヴィエトの一部だったので、行政地域の変更程度に過ぎなかったのだろうが、これが後々の争乱の火種となってくる。
東西のバランス・オブ・パワーを変える場所
本書の最終章で、ウクライナの地政学的な特徴について筆者はこう述べている。
ウクライナは西欧世界とロシア、アジアを結ぶ通路であった。それゆえにこそウクライナは世界の地図を塗り替えた大北方戦争、ナポレオン戦争、クリミア戦争、二次にわたる世界大戦の戦場となり、多くの勢力がウクライナを獲得しようとした。ウクライナがどうなるかによって東西のバランス・オブ・パワーが変わるのである。
『物語 ウクライナの歴史 ヨーロッパ最後の大国』p256より
まさに、現在のロシア侵攻を暗示しているかのような内容で示唆に富む。新しい東西のバランスが、いままさに再構築されている瞬間をわたしたちは目撃しているのだ。
ウクライナ情勢は長期化の様相を呈しはじめている。ロシアがウクライナ全土を掌握するのは難しそうだが、ウクライナの主権が保たれる形での、早期決着を願ってやまない。事がおちついた時点で、筆者には「新版 物語 ウクライナの歴史」を是非、執筆していただきたいところ。
おまけ:中公新書の「物語」シリーズが面白い
ちなみに中公新書の「物語」シリーズは、世界各国の通史を学べる歴史シリーズで、26冊ものラインナップを誇る。タイトルに「物語」とあるが、小説になっているわけではなく(要素が強いものもある)、書き手によって「物語」の程度はさまざま。各国の歴史を手っ取り早く把握したい方にはおススメのシリーズといえる。
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