ウクライナ戦争の終わらせ方を考える
2023年刊行。高橋杉雄(たかはしすぎお)は1972年生まれ。防衛省防衛研究所防衛政策研究室の室長を務める人物。ウクライナ戦争がはじまってからテレビに出ずっぱりなので、ご存じの方も多いのではないかと。
本書では、高橋杉雄が第1章、第5章、終章パートを担当。他に、三人の論者が登場する。
- 福田潤一(ふくだじゅんいち):笹川平和財団主任研究員。第2章を担当。
- 福島康仁(ふくしまやすひと):防衛省防衛研究所主任研究官。第3章を担当。
- 大澤淳(おおさわじゅん):中曽根康弘世界平和研究所主任研究員。第4章を担当。
タイトルは『ウクライナ戦争はなぜ終わらないのか』とあるが、この内容に直接的に言及しているのは高橋杉雄のパートで、それ以外の三人はそれぞれの専門的見地から、ウクライナ戦争への考察を行っている。
内容はこんな感じ
開戦から一年が経過。戦線は膠着状態に陥り、未だ終結の気配が見えないロシア・ウクライナ戦争。この戦争はどうして終わらないのか。妨げているものは何なのか。終わるとすればどのような帰着が予想されるのか。終戦に向け、さまざまなシナリオを検証。デジタル時代の新たな戦争となったこの戦いの行く末を予想し、わたしたちはここから何を学ぶべきかを示す一冊。
目次
本書の構成は以下の通り。
- まえがき
- 第1章 ロシア・ウクライナ戦争はなぜ始まったのか(高橋杉雄)
- 第2章 ロシア・ウクライナ戦争―その抑止破綻から台湾海峡有事に何を学べるのか(福田潤一)
- 第3章 宇宙領域からみたロシア・ウクライナ戦争(福島康仁)
- 第4章 新領域における戦い方の将来像―ロシア・ウクライナ戦争から見るハイブリッド戦争の新局面(大澤淳)
- 第5章 ロシア・ウクライナ戦争の終わらせ方(高橋杉雄)
- 終章 日本人が考えるべきこと(高橋杉雄)
- あとがき
アイデンティティの戦いは終わらせるのが難しい
2023年現在、ウクライナ戦争の戦況は膠着状態に陥ってる。この戦争は何故始まり、何故容易に終わらせることができないのか。その理由として筆者は、ウクライナ戦争がロシア、ウクライナ両国のアイデンティティに基づく戦争になってしまっているからだと説く。
冷戦終結後、世界はアメリカ一極化の時代を迎えた。ここで西側諸国はロシアを西側の秩序に組み込もうとした。先進国首脳会議(G7)が、1998年~2014年まではロシアが加わりG8だったことは記憶に新しい。しかしロシアは2014年にクリミアに侵攻しG8から外された。協調的な安全保障体制を構築しようとした西側に対して、ロシアはあくまでも独自の大国としてふるまうことを選択した。冷戦以前の大国ロシアの復活を目指したわけだ。
しかしながら旧ソ連の東側諸国の多くは、ソヴィエトの崩壊後は西側諸国に協調することを選んだ。ウクライナもそのひとつで、ヨーロッパの一部であることを望んだ。ロシア側はウクライナはロシアの一部であると考えているのでここに齟齬が生まれる。ヨーロッパの一部なのか、ロシアの一部なのか。根源的なアイデンティティの問題であるだけに、これはにわかには解決することができない問題だ。それぞれの国の在りようをめぐる問題だけに容易に妥協は出来ない。
終戦に向けたシナリオ
終わりの見えないウクライナだが、筆者は三つの終結パターンを示している。
- 軍事的現実の政治的固定化
- 軍事と政治にまたがるバーゲニング
- ワイルドカードイベントの発生
1は現在の領土獲得状況をそのまま固定化するシナリオ。2は一方が軍事的に譲歩し、もう一方が政治的に妥協するシナリオ。例えばロシアの占領地をウクライナが認める反面、ウクライナのNATO入りをロシアは認めるような決着。3はプーチンの失脚や、ベラルーシでの政変勃発など、想定外の事態が起きた場合。
1と2は、現在のロシア占領地域のウクライナ人の処遇を考えると、ウクライナ側は到底呑めない解決策と思われる。3についてもプーチン後の政権が、宥和的な策を選ぶとは断定できず、現実性はかなり低そうだ。
結論としてウクライナ戦争は終戦に向けたシナリオが描きずらく、当面終結の見込みは無いとするのが、筆者の結論となっている。なんともやるせない。
ウクライナ戦争から日本が学ぶこと
筆者は最終章の「日本人が考えるべきこと」では、次なる戦争の可能性として台湾海峡有事を挙げている。アメリカの軍事力がウクライナに(昨今はイスラエルも)割かれている現状では、中国がアジア地域で軍事的な活動を開始する可能性は常に考えておくべきだと主張する。
始まってしまった戦争を止めることは難しい。「アイデンティティをめぐる戦いには落としどころが無い」。であれば、大切なのは戦争を始めさせないこと。いかに中国を抑止していくかが課題になる。と、結論づけているのは、なんとも防衛省防衛研究所の方ならではの展開か。他の書き手の所属も、笹川平和財団や、中曽根康弘世界平和研究所なので、相応のバイアスのかかった一冊であることは認識しておく必要があるかと思う。