日本は「安い」らしい
コロナ禍のため現在では見る影もないが、2019年までの日本国内は外国人観光客であふれていた。爆買いというフレーズが話題になったのも記憶に新しい。
日本もこんなにたくさんの外国人の方に来ていただけるようになったのかと、当時は驚いたものである。しかしこれらの外国人観光客は、どうして日本に来てくれるようになったのだろうか。その最大の魅力が日本の「安さ」にあったのだとしたらどうだろうか。
ディズニーもダイソーも日本が最安
日本のディズニーランドの入場料は8,200円(2021年1月時点)。これを他地域のディズニーランドと比較してみよう。
- 日本:8,200円
- フロリダ:約14,500円
- パリ:約10,800円
現在のディズニーランドは繁忙期、閑散期による価格変動制がとられていることもあり、単純な比較は難しいのだが、それでも日本はずいぶん安い。香港や、上海のディズニーランドについてこちらを参照のこと。少し古いデータだが、それでも日本は最安値帯である。
続いて100円ショップとして知られるダイソーだが、アジア各国への進出が進んでいる。このダイソーの主要商品価格を各国で比較してみよう。
- 日本:100円
- アメリカ:約160円
- ブラジル:約150円
- 中国:約160円
- 台湾:約180円
- タイ:約210円
- シンガボール:約160円
- オーストラリア:約220円
日本の特殊さがおわかりいただけただろうか。アジア諸国内で比べても日本は最安値なのである。
安いのはもちろん良いことだ。しかしその安さが、経済成長が停滞し、我々の所得が増えていない故だとしたらどうだろうか。
日経の記事から生まれた書籍
さて、ご紹介が遅れたが本日取り上げるのは中藤玲(なかふじれい)による『安いニッポン 「価格」が示す停滞』である。
本書は2021年刊行。2019年に日本経済新聞や日経電子版などに掲載された企画「安いニッポン」をベースに、加筆修正を行い書籍化を行ったものである。
筆者の中藤玲は1987年生まれで、日本経済新聞所属。上記企画に参加していた記者の一人である。
この本で得られること
- 日本だけが世界から取り残されて「安い」ことがわかる
- どうして日本は「安く」なってしまったのかがわかる
- 「安い」ニッポンから脱却するヒントがわかる
内容はこんな感じ
日本のディズニーランドの入場料金は世界最安水準。ダイソーの価格はアジア最安値。サンフランシスコに行けば、年収1,200万円でも低所得に分類される。三十年にも及ぶデフレ、経済の停滞でいつの間にか「安い」国になってしまった日本。この先はどうなるのか?世界との格差が広がる中で、解決策はあるのだろうか?
目次
本書の構成は以下の通り
- はじめに
- 第1章 ディズニーもダイソーも世界最安値水準 物価の安い国
- 第2章 年収1400万円は「低所得」? 人材の安い国
- 第3章 「買われる」ニッポン 外資マネー流入の先に
- 第4章 安いニッポンの未来 コロナ後の世界はどうなるか
- あとがき
日本の物価があがらない理由
さて、どうして日本の物価はここまで安くなってしまったのだろうか。本書では第一生命経済研究所の永濱利廣の言葉を借りてこう述べている。
長いデフレによって、企業が価格転嫁するメカニズムが破壊されたからだ
『安いニッポン 「価格」が示す停滞』p38より
2000年代からほとんど日本の物価は上がっていない。その半面でアメリカでは5割増しになっている。ただ、アメリカでは毎年2%物価が上がる半面、給与は3%も増えている。これはなかなかに衝撃的な数字である。
もちろん日本でも値上げが全く行われていないわけではない。価格は変わっていないのに、いつの間にか、商品の量が少なくなっている「ステルス」値上げを実感している方も多いはずだ。日本人の所得がなかなか増えていかない中で、企業はそう簡単に価格を引き上げるわけにはいかなくなっている。苦肉の策が「ステルス」値上げというわけだ。
日本人の所得が増えない理由
物価があがらない一方で、日本人の所得も増えていない。日本の実質賃金は1997年の実質賃金を100とした場合、2019年ではなんと90.6と一割も減っている(『安いニッポン 「価格」が示す停滞』p89より)。
日本人の所得が増えていかない理由として、本書では以下を挙げている。
- 労働生産性が停滞している
- 多用な賃金交渉のメカニズムがない
1については世界で比較した場合、日本の労働生産性は主要先進諸国中最下位の26位。長すぎる労働時間。過剰なサービス。そして値付けの安さがその要因として挙げられている。ここでも日本の「安さ」が足を引っ張る。
また2については、年功序列、終身雇用、企業内労組などの日本独特の慣習が影響し、自らの給与に対して日本人は受け身すぎるのではないかと本書では結論づけている。
「安い」日本はこれからどうなるのか?
「安い」ことは日本国内に限れば良いことのように見える。しかしグローバル化が進む世界にあって、いつまでも「安い」ことは世界から取り残されることを意味する。日本は給与が安いから、世界から人材を集めてこられない。日本は給与が安いから、国内の優秀な人材が外資に取られてしまう。家庭の所得が減れば、海外に留学できる学生も減り、グローバルな人材も育たなくなる。
この負のスパイラルに対して本書では以下の対策を示している。
- 若者や低所得層などの所得を引き上げる
- 終身雇用や、年功賃金を改める
- ジョブ型雇用の拡大
- 解雇の金銭解決
- 規制撤廃、自由化
いずれも痛みを伴う改革ではある。少子高齢化が進み、さらに人手が減っていく日本でこれほど思い切った手が打てるのかどうかは正直難しいように思える。
個人としてできることは、国や企業に頼らず、生存力を高めていけるよう、せっせとスキルを磨き続けることくらいだろうか。