戦争プロパガンダを読み解くシリーズの最新刊
2022年刊行。筆者の松田行正(まつだゆきまさ)は1948年生まれのグラフィックデザイナ、作家、出版経営者。
戦争とデザインについて論じてきた一連の著作の、総まとめとも言えるのが本書といえるだろうか。過去の関連作品はこちら。
- 『RED ヒトラーのデザイン』(2017年)
- 『HATE! 真実の敵は憎悪である。』(2018年)
- 『独裁者のデザイン ヒトラー、ムッソリーニ、スターリン、毛沢東の手法』(2019年)
- 『戦争とデザイン』(2023年)
本ブログでは、過去に同じ作者の『独裁者のデザイン』をご紹介している。
松田行正は、他にもデザインに関する多くの著作がある。2006年の『眼の冒険 ――デザインの道具箱』のブックデザインでは講談社出版文化賞を受賞されている。こちらの書籍は2021年にちくま文庫が出ているので、現在でも入手しやすいはず。
内容はこんな感じ
デザインそのものには悪も善もない。しかし使う者の意思によってデザインは、時として邪悪な役割を発揮することがある。イエスキリストの受難から、信仰のシンボルとなった十字架は、中世の十字軍においては破壊と殺戮のシンボルともなった。第二次大戦の独ソ両国が用いた憎悪を煽るプロバガンダデザイン。そして、現代。プーチンが起こした戦争でのデザインとは。豊富な資料画像をもとに、戦争にまつわるデザインの数々を紹介した一冊。
目次
本書の構成は以下の通り
- はじめに
- 1 戦争と色
- 2 戦争としるし
- 3 戦争とことば
- 4 戦争とデザイン
- おわりに
ロシア国旗と同じ配色の国は意外に多い
本書『戦争とデザイン』は、戦争という切り口から、さまざまな、色、しるし(シンボル)、ことば、デザインを紹介していく構成となっている。
最初に紹介されるのは色だ。ロシア国旗は白・青・赤の横縞ストライプだが、白・青・赤のトリコロールカラーを国旗に使った国は、フランス、オランダ、スロヴェニア、スロヴァキア、セルビア・モンテネグロと、けっこうある。スロヴェニアとスロヴァキアに至っては配色順もロシアと同じなので、このご時世、当事者としてはもやもやする部分があるのかもしれない。
十字架の功罪
しるし(シンボル)のパートで大きく取り上げられているのは十字架だ。ローマ帝国に公認されるまでのキリスト教は、迫害が続く苦難の道を歩んでいた。320年にキリストの処刑に使われた十字架が「発見」される事件が起き、弾圧されていたキリスト教徒たちにとってこれが信仰のシンボルとなっていく。
その後、十字架は十字軍の時代には破壊と死のシンボルとして、イスラム圏で恐れられたり、近代に入ってからは救いと博愛の象徴ともなっていく。同じシンボルが、時代や、世界情勢によって、悪く使われたり、よく使われたりもするのには考えさせられた。
「いないのは、きみか?」
ことばにまつわるエピソードを取り上げた章で気になったのは、戦時に掲出された徴兵ポスターの数々だ。
有名なのは1914年にイギリスで作れられた「キッチナーの募兵ポスター」。
このポスターは大いに効果があったようで、模倣例が続いた。こちらは翌1915年のもの。イギリスを擬人化したキャラクタージョン・ブルが登場。
そしてこちらは1917年のアメリカ版。アメリカを擬人化したキャラクター、アンクル・サムが登場している。
こちらのような、戦地に行かない罪悪感に付け込むようなキャッチコピーの数々は、上手いなと思いながらも、なんとも暗澹たる気分にさせられる。
- いないのは、きみか?
- ダディは第一次世界大戦で何をしたの?
- なぜ、きみは軍隊にいないんだ?
- 赤軍に志願したのか?
- きみは前線でなにをしたか?
最新のウクライナ戦争でのデザインも登場
本書では、最新のウクライナとロシアの戦争に関してのデザインも多数登場する。この戦争が起きなければ、本書が刊行されることはなかったのではないだろうか?
プーチンの戦争のシンボルとなった「Z」。黒とオレンジのストライプが印象的なゲオルギーのリボン。「ハエのように裏切り者を吐き出す」「われわれはいまウクライナで、欧米がつくった汚い馬小屋を掃除している」「心配するな、これは汚物だ、われわれは汚物を洗い流すためにきた」といった、ロシア側から発信された数々のヘイトワードも列記され、なんとも言えない気持ちにさせられる。
惜しむらくは、公平を期す意味でもウクライナ側のデザインも、もう少し多く取り上げて欲しかった。継続中の戦争であり、網羅的に振り返るにはまだ時期尚早なのだとは思うけれども。