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『ロシア点描 まちかどから見るプーチン帝国の素顔』小泉悠 ふつうのロシア人の家、食べ物、暮らし

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専門家が教えてくるロシアの素顔

2022年刊行。筆者のユーリィ・イズムィコこと、小泉悠(こいずみゆう)は1982年生まれの軍事アナリスト。ウクライナ戦争で一躍知名度が上がってしまった感がある。ロシアへの留学経験があり、ロシア人女性と結婚もしている、きわめてロシア愛の強い人物と言えるだろう。それだけに昨今のロシア情勢には複雑な思いを抱いていそう。

ロシア点描 まちかどから見るプーチン帝国の素顔

本書はもともと、ウクライナ戦争前から企画されていた作品。ただ、執筆途中でウクライナ戦争が始まってしまったので、紆余曲折を重ねながら、なんとか刊行にこぎつけたものらしい。戦争が現在進行形であるだけに、匙加減は難しかったであろうと想像できる。先日ご紹介した『現代ロシアの軍事戦略』に続く、小泉悠としては八冊目の著作となる。

この書籍から得られること

  • ロシア人の民族性について知ることが出来る
  • 「大国」ロシアがいかにして形成されてきたのかがわかる

内容はこんな感じ

ロシアは日本の隣国である。しかしのその精神的距離感は遠く離れている。ロシアはなぜ西側世界と相いれないのか。その違いはどこにあるのか。日々の暮らし、食べ物、交通事情、住居、そして歴史背景を振り返りつつ、21世紀のロシア人の素顔を点描していく。変わりゆく「大国」ロシアの謎に迫った一冊。

目次

本書の構成は以下の通り

  • はじめに
  • 第1章 ロシアに暮らす人々編
  • 第2章 ロシア人の住まい編
  • 第3章 魅惑の地下空間編
  • 第4章 変貌する街並み編
  • 第5章 食生活編
  • 第6章 「大国」ロシアと国際関係編
  • 第7章 権力編
  • おわりに

不信と信頼が同居する国

ロマノフ家による帝政時代、共産革命後のソヴィエト時代、そして現在のプーチン政権時代と、ロシアでは強大な権力者に人民が支配される時代が長く続いている。ロシアでは歴史上、民主主義という政治形態が根付いたことがない。日本や欧米諸国とはそもそもの国家としての成り立ちが異なる。

ソヴィエト時代のロシアは徹底した監視社会でもあった。通信が傍受され、壁越しに盗聴されるのも当たり前。結果として、ロシア人は他者にたいして容易に心を開かない民族性を持つに至った。もっとも、簡単に信じてもらえない反面、一度身内として認定してもらえると、とことん尽くしてくれるらしい。このギャップがロシア人の魅力でもあるのだろう。適度にそこそこ周囲と付き合うが、深い間柄になるのは苦手な日本人とはずいぶんと異なる。

ロシアは完璧を求めない国でもある。60点で良しとする加点式の社会。この点も、ひとつでも失敗すれば批判される、減点方式の日本とは相いれないものがある。

ロシア人のふつうの暮らしがわかる

本書ではロシア人の一般民衆のふつうの暮らしが紹介されている。彼らはどんな家に住み、どんな食べ物を愛し、どんな生活をしているのか。北方領土をめぐって国境を接する隣国なのに、わたしたち日本人は、ロシア人についてあまりに無知である。この点で、本書はとても楽しく読むことが出来た。

ロシアでは国家によって建造された、フルシチョフカと呼ばれる大規模な集合住宅が全国各地に建設されている。この点、団地の存在に慣れ親しんだ日本人には、身近に感じられる話かもしれない。

ちなみに、日本の団地とソヴィエトとの意外な関係は、以前にご紹介した、原武史の『団地の空間政治学』で紹介されているので、気になる方はどうぞ。

ロシアを「大国」たらしめているもの

かつてはアメリカと共に世界を二分し、東側諸国の盟主、超大国として君臨したロシア。しかし、冷戦に破れ、ソヴィエト政権が崩壊。ロシアの国力は大きく低下した。人口は1億4,400万人と日本とさほど変わらない規模感(しかも少子化で人口は減少傾向にある)。GDPは日本の1/3しかなく国別ランキングではベスト10にも入らない。

そんなロシアが自らを「大国」として自負している要因はどこにあるのだろうか。筆者は以下の三点を理由として挙げている。

  • 常任理事国の地位
  • ユーラシア大陸の1/6を占める広大な国土
  • 軍事力の行使を躊躇わない

筆者はこうも書いている。

ロシアを「大国」たらしめているのは意志の力、つまり自国を「大国」であると強く信じ、周囲にもそれを認めさせようとするところにあるといえるでしょう。

『ロシア点描 まちかどから見るプーチン帝国の素顔』p148より

歴史的に見てみると、ロシアはモンゴル帝国や、ポーランド、スウェーデン、ナポレオン戦争や、第二次大戦での独ソ戦と、強大な侵略者と戦い、これらを退けてきた経緯がある。こうした歴史的経緯も「大国」を自負させる原因となっているのだろう。

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