貴族の仕事について知りたい方に
2023年刊行。筆者の井上幸治(いのうえこうじ)は1971年生まれ。佛教大学歴史学部の非常勤講師。京都市歴史資料館館員。その他の著作として2016年の『古代中世の文書管理と官人』がある。
ちなみに歴史文化ライブラリーは、創業安政4(1857)年!の老舗出版社、吉川弘文館(よしかわこうぶんかん)による、日本史を中心とした専門書レーベル。本書のナンバリングを見ると「570」となっており歴史の長さを感じさせる。
筆者の井上幸治が登場する日経BOOKプラスの記事はこちら。
内容はこんな感じ
平安貴族は雅やかに恋愛を謳歌し、和歌を吟じてのんびりと過ごしていたわけではない。任官をめぐる熾烈な競争。年に二回の除目をめぐる悲喜劇。宮中で行われる数多くの年中行事を滞りなく進行させるためには、膨大な政務をこなす必要があった。身分差が固定され、どんなに優秀でも出自を越えた出世はできない。公卿、諸太夫、侍。身分ごとの業務内容に注目し、平安貴族のライフサイクルを読み解いていく一冊。
目次
本書の構成は以下の通り。
- 平安京で暮らす人びと―プロローグ
- 平安貴族たちは、どういう人生サイクルを送ったのか?
- 平安貴族たちの仕事とは、どういうものか?
- 平安貴族たちの昇進
- 平安貴族たちの退場―エピローグ
- あとがき
藤原道長が活躍した頃をモデルに
平安時代と言ってもかなり長い(400年くらいある!)のだが、本書では藤原道長が活躍した西暦1000年頃が取り扱われている。当時の京都の人口は十数万人を誇る。日本で最大であることは言うまでもなく、東アジアでも有数の人口規模だろう。こちらの記事によると当時の京都はコルドバ(後ウマイヤ朝)、開封(北宋)、コンスタンチノープル(東ローマ帝国)、アンコール(クメール王朝)に次ぐ、世界第五の大都市となるみたい。
当時の京都は現在の上京区、中京区、下京区あたりが相当し、三区合わせた現在(2022年)の人口が27万6千人なのだから、この頃からかなりの人口密集地帯だったのだろう。
また、当時の身分の考え方として、筆者は四つの階層を挙げている。
- 公卿(一位~三位):20人程度
- 諸太夫(四位~五位):800人程度
- 侍(六位以下):数千人
- 無位:上記以外。十数万人程度
現在に例えると、公卿が経営層、諸太夫は中間管理職、侍は実働部隊といった感じだろうか。貴族とされるのは六位以上の位階を持った階層を指す。本書ではそれぞれの階層について「仕事と昇進」事情が紹介されていく。
平安貴族も楽じゃない
本書の14頁には「11世紀初頭ごろの主な年中行事」のリストが掲載されている。これが凄まじい数で「主な」ものだけだというのに100近くもある。平安貴族の役割としてはまずこの宮中の年中行事を遅滞なく進行させる必要があった。この時代は先例重視なので、その行事が過去にどのように行われたかを把握している必要がある。だからこそ、先祖代々の知識が役に立つし、経験豊かな先達の存在が重要となってくる。故事に通じた親には長生きしてもらわないと困るのだ。
この時代の会議は上卿(しょうけい、じょうけい)と呼ばれる、出席者のなかで最も位の高い貴族に決定権がある。そのため上卿となる人間は、人一倍、先例に通じている必要があり、会議に出る前の準備や手間が膨大なものになった。本来の上卿が、病気などで欠席となると、No.2に上卿が回ってくるので、二番手だからといって油断はできない。都合が悪くなると虚偽の触穢(穢れに触れた)をでっちあげてずる休みをしたりと、当時の貴族たちも苦労していたようだ。
除目をめぐるあれこれ
当時の宮中では、春と秋の二回、除目(じもく)と呼ばれる人事発表が行われた。春の除目では国司などの地方官(外官)を任命し、秋の除目では宮中で働く官吏(内官)を任命した。いつの時代も役人のポストは限られており、貴族とはいえすべての人間がお役目に就くことは出来ない。当主の任官は一族の最重要事項であり、割のいい国の国司職が手に入りそうなものなら一族を挙げての大宴会が開かれる。
任官されるため、少しでも良い地位を手に入れるため、息子に役職を継承させるため、貴族たちは猟官活動に血道をあげる。当主が死んでしまったのに、蘇生したことにして乗り切ったり、かなり無茶なことも行われているのが面白い。
身分を超えた出世はできない
公卿になれるような超エリートには、激務だがしっかりこなせば着実に上にステップアップできる羽林ルート(少将⇒中将)、弁官ルート(少弁⇒中弁⇒大弁)といった、出世役コースがある。だがこうした一部の上級貴族を除けば、出世には天井が設けられている。この時代の役職は、身分ごとに就ける役職が決まっており、どこまで昇進できるかも決まっている。どれほど有能でも生まれの身分を越えて栄達することは出来なかった。
そのため、都で働くことを諦めて地方に活路を見出す貴族もいた。都では五位の官位は珍しくもないが、地方に行けばとてつもない貴種になる(少し先の時代になるが、伊豆に流された従五位下の源頼朝が尊重されたような感じ)。名誉よりも実利を選んだ貴族は少なからず存在したのではないだろうか。
平安時代を知るための一助として
以上、井上幸治の『平安貴族の仕事と昇進』について、雑に紹介してみた。
総ページ数は192頁と、この類の書籍としてはボリュームは控えめ。タイトルにある『平安貴族の仕事と昇進』に絞った内容となっているので、サッと気軽に読めるのはありがたいかな。
なお、中世より前、飛鳥、奈良時代~平安時代の官僚がいかなる存在であったのかは、虎尾達哉の『古代日本の官僚』が良く知られているので、こちらもいずれ読んでみるつもり。