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『心の傷を癒すということ』安克昌 阪神淡路大震災ではどのような心のケアが行われたのか

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阪神大震災で自らも罹災した精神科医

1996年刊行。筆者の安克昌(あんかつまさ)は1960年生まれの精神科医。残念ながら2000年に、肝細胞癌のため、39歳の若さで他界されている。神戸大学医学部精神神経科で助手として勤務していた1995年に阪神淡路大震災に罹災。自身も被災者でありながら、避難所等での精神医療に従事し多くの実績を残した。本書はその当時の記録を書籍化したもの。本作は第18回のサントリー学芸賞の社会・風俗部門を受賞している。

角川ソフィア文庫版は2001年に刊行されている。解説は産経新聞記者の河村直哉が書いている。わたしが読んだのはこちらの版。

心の傷を癒すということ (角川ソフィア文庫)

その後2011年に増補改訂版が登場。

2019年には新増補版が刊行されるなど、息長く読まれている作品となっている。

内容はこんな感じ

1995年1月17日。阪神淡路大震災が発生した。精神科医として大学病院に勤務していた筆者は自身も震災の被害を受けながらも、被災者の心のケアを行うべく医療行為を開始する。被災者のメンタルのケアを組織的に実施するしくみが十分に出来ていなかった当時、手探りで治療にあたる筆者はさまざまな困難に直面する。

目次

本書の構成は以下の通り。

  • 第1部 震災直後の心のケア活動1995年1月17日~3月
  • 第2部 震災が残した心の傷跡1995年4月~96年1月
  • 第3部 災害による“心の傷”と“ケア”を考える
  • あとがき
  • 解説

2011年の増補改訂版では以下が追加されている。

  • 増補第1部 被災地の復興と災害精神医学
  • 増補第2部 安克昌と本書に寄せて

2019年の新増補版では以下が追加されている。

  • 新増補 神戸・淡路大震災から二十五年を経て

震災時の心のケアの重要さ

第一部の「震災直後の心のケア活動」では、震災発生の1月17日~3月までの状況が書かれている。阪神淡路大震災は被災者の心のケアの重要性が、大きくクローズアップされた災害とされている。けがを治したり、手術をしたりと、目に見える直接的な身体のケアをする通常の医療と異なり、目に見えない心のケアはどうしても後回しにされがちである。

しかし住む場所を失い、家族を亡くし、慣れない場所での不自由な生活を強いられる被災者の心の傷は深い。これまでの日常が壊れてしまった震災後の生活。その中で、精神科医には何ができるのか。本書では筆者たちの奮闘の記録が綴られている。

大都市神戸を中心として発生した阪神淡路大震災では、初期で30万人。一か月後でも17万人が避難生活を余儀なくされる未曾有の大災害となった。このような状況下で、手探りで被災者の心のケアが始まる。本来であれば十分な時間をかけて、医師と患者との信頼関係を築きながら、メンタル面の治療は行われるべきところだが、震災下ではそんな余裕はない。時に疎まれながら、数多くの失敗を重ねながらも筆者の模索は続いていく。

震災がもたらした心の傷

第二部の「震災が残した心の傷跡」は、1995年4月から、翌96年1月までの記録となっている。震災直後の大混乱期を超え、復興が進められていく中で、いかなる問題が起きて、筆者がどのような活動を行ってきたのかが書かれている。

恐怖で部屋の灯りを消すことができない。ドアを閉めることができない。街中にいると不安で仕方なくなる。大震災を体験していない人間には想像しえない、心の傷跡が被災者の方たちには残されている。

震災による肉親の死。死別体験は、局外者にとって「わかる」ことは出来ないし、安易な慰めも出来ない。この点は精神科医としてもいかんともしがたい部分で、筆者は同じような体験をした自助グループに参加することを奨めている。身内の死を体験された人々の間でも、亡くした家族の数で、喪失の大小が語られるというエピソードには、なんともいたたまれい気持ちにさせられた。「壊れたものはなおらない。新しく作っていくしかない」のだとする被災者の方のコメントが読み手の心に重く響く。

心のケアを考える

最後の第3部「災害による“心の傷”と“ケア”を考える」では、「心の傷を癒す」とはいかなることなのか、「心のケア」はどうあるべきなのかについて、筆者が震災体験を踏まえて、総論を述べている。

最後に書かれている筆者のこの言葉が、強く印象に残った。

世界は心的外傷に満ちている。"心の傷を癒すこということ"は、精神医学や心理学に任せてすむことではない。それは社会のあり方として、今を生きる私たち全員に問われていることなのである。

角川ソフィア文庫版『心の傷を癒すということ』p243より

あまりにも深い心の傷は体験した自身にしかわからないし、他者は寄り添うことしかできない。精神医療にも限界がある。心的外傷を受けた人間を孤立させず、回復途上にある人間を敬意をもって見守る。こうした地域社会を形成していくことは、専門家ではない、わたしたちのような一般人としても心掛けていきたいことだと強く感じた。

NHKでドラマ化されている

なお、本作はノンフィクションながら、NHKにてドラマ化されている。2020年の放映で主役は柄本佑(えもとたすく)が演じている。脚本は阪神淡路大震災での被災経験を持つ桑原亮子(くわはらりょうこ)が担当。

また、再編集された映画版も2021年に公開されている。

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