素行の悪い平安の貴公子たち
筆者の繁田信一(しげたしんいち)は1068年生まれの歴史学者。神奈川大学の日本常民文化研究所で特別研究員をされている方。
単行本版は2005年刊行。この時は副題として「平安朝裏源氏物語」が付されていた。
角川ソフィア文庫版は2008年に登場。現在セール中(2024/4/27現在)とあり、電子版であれば259円で買えるみたい。
更に文春学藝ライブラリー版が2018年に刊行されている。
二度も文庫化されるのは珍しいのでは?解説は作家の諸田玲子(もろたれいこ)が書いている。また、再文庫化に際して6章の「宇治関白藤原頼通、桜の木をめぐって逆恨みで虐待する」と15章の「在原業平、宇多天皇を宮中で投げ飛ばす」が追記されている。いま読むのであれば文春学藝ライブラリー版お薦めだ。
内容はこんな感じ
『源氏物語』に見られる優雅で上品な平安貴族の姿は真実のものだったのか?内裏での私闘は日常茶飯事。他家に押し入っての狼藉三昧。洛中での乱闘騒ぎ。気に入らない相手がいれば拉致監禁し暴力を加える。これらの非道な暴力行為が、殿上人である上位貴族によって、あたりまえのように駆使されていたのが平安時代の真の姿だった。藤原実資が書いた日記『小右記』をネタ元に、平安貴公子のご乱行エピソードを紹介していく一冊。
目次
本書の構成は以下の通り。
- 序 素行の悪い光源氏たち
- 1 中関白藤原道隆の孫、宮中で蔵人と取っ組み合う
- 2 粟田関白藤原道兼の子息、従者を殴り殺す
- 3 御堂関白藤原道長の子息、しばしば強姦に手を貸す
- 4 右大将藤原道綱、賀茂祭の見物に出て石を投げられる
- 5 内大臣藤原伊周、花山法皇の従者を殺して生首を持ち去る
- 6 宇治関白藤原頼通、桜の木をめぐって逆恨みで虐待する
- 7 法興院摂政藤原兼家の嫡流、平安京を破壊する
- 8 花山法皇、門前の通過を許さず
- 9 花山法皇の皇女、路上に屍骸を晒す
- 10 小一条院敦明親王、受領たちを袋叩きにする
- 11 式部卿宮敦明親王、拉致した受領に暴行を加える
- 12 三条天皇、宮中にて女房に殴られる
- 13 内裏女房、上東門院藤原彰子の従者と殴り合う
- 14 後冷泉天皇の乳母、前夫の後妻の家宅を襲撃する
- 15 在原業平、宇多天皇を宮中で投げ飛ばす
- 結 光源氏はどこへ?
- 王朝暴力事件年表
- あとがき
- 文春学藝ライブラリー版あとがき
- 解説 諸田玲子
『小右記』を書いた藤原実資の筆まめぶりがすごい
本書は平安時代の貴族、藤原実資(ふじわらのさねすけ)が、55年をかけて書き続けた日記『小右記(しょうゆうき/おうき)』をベースに、主として平安中期(11世紀)に起きた暴力事件の数々を列記していくスタイルを取っている。藤原実資は信頼のおける書き手であったらしく『小右記』は、この時代の儀礼、風俗、事件、習慣を知るうえで一級の史料として高く評価されている。藤原道長の有名な和歌「この世をばわが世とぞ思ふ望月のかけたることもなしと思へば」も、『小右記』に書かれたことで、後世に伝わることができたのだとか。
筆者は『小右記』だけではなく、藤原道長の書いた日記『御堂関白記(みどうかんぱくき)』や歴史書の『日本紀略(にほんきりゃく)』などの記述も拾いつつ、数々の「ご乱行」エピソードを読み解いていく。
平安貴族にとって暴力はあたりまえ
まずは目次に注目だろう。後世に登場する粗野な武士階級と異なり、雅やかでお上品なのが平安貴族。といった、わたしたち一般人のイメージを思い切り裏切る凄まじい記述のオンパレードだ。
中世以降の武士の世と異なり、平安時代、特に貴族層は暴力には縁がなかったのでは?とわたしたちは思いがちだが、まったくそんなことはなかった。彼らは日常的に暴力行為を行使しており、なんら恥じるところもなければ、悪いとすら思っていなかった節がある。対等な相手に向ける暴力だけではなく、立場の弱い者、身分の低い者に対しての弱い者いじめ的な暴力も、なんら躊躇うことなく行使されており、読んでいて次第にどんよりしてくる程だった。
面白エピソードをご紹介
以下、ざっくりと本書で紹介されていて、特に気になったエピソードを列挙したい。
- 藤原道長、試験記録の改竄を目論み、試験官を拉致監禁、父、兼家に叱られる。
大河ドラマではいい人っぽく描かれているが、実際の道長はかなり暴力的な人物だったようだ。道長の息子たちも嫡男の頼通含め、父と似たり寄ったりのドラ息子揃いだった模様。『小右記』にはまだまだ、道長一族の悪行の数々が記されているようなので、読んでみたくなっている。
- 葵祭の見物に出かけた、道長と道綱の牛車が、右大臣藤原為光の従者から投石に遭う
藤原兼家(ふじわらのかねいえ)の庶子で、道長には腹違いの兄にあたる藤原道綱(ふじわらのみちつな)は、実は左大臣(源雅信)家の姫を妻としていた。そのため、同じく左大臣家の姫(倫子さま)を妻としている道長とは、相婿(あいむこ)の関係で、何かと仲は良かったらしい。一緒に被害に遭っている絵を思い浮かべると、ちょっと笑える。
- 花山院対藤原伊周のいざこざがエグい
歴代天皇の中でも、屈指のヤバい方なのではと思われる花山院と、なにかとやらかしがちなお騒がせ貴公子、藤原伊周(ふじわらのこれちか)の揉め事が、生々しく描き出されていて驚かされる。この時代でも首を切断とかふつうにあったわけね。花山院の従者軍団の素行の悪さは都でも随一だったようで、主の人柄が偲ばれる。
- 若き日の藤原兼家、従者の揉め事で邸宅を破壊される
大河ドラマではじめて藤原兼家を知った方も多いと思うのだけど、それだけに彼の若いころのエピソードが読めるのは嬉しい。道長同様に三男坊として生まれ、苦労しながら成り上がった兼家パパは、けっこう酷い目に遭っている。
- 花山院の娘が何者かに殺害され路上に放置されていた
花山院の娘でありながら母親の身分が低かったために、藤原彰子(ふじわらのあきこ)の女房として仕えていた女が、盗賊に殺害され、屍を路上に晒されたという凄まじいエピソード。犯人は盗賊ではなく、他にいたのでは?史料には残っていない、同時代人には明らかな「真相」があったようで、まさに歴史の闇って感じ。このお題で誰か歴史ミステリ書いて!
『光る君へ』のサブテキストとして
今年の大河ドラマ『光る君へ』が面白いので、毎週楽しく拝見している。通常、時代設定的に戦国・幕末が大半を占める大河ドラマにあって、平安中期を取り上げたのは画期的だと思う。ただ、それだけに歴史事象や、時代背景については、わたし自身よくわからないことが多く、ドラマを楽しく観るためにも、今年は平安時代を扱った書籍を多数読んでいる。
本書『殴り合う貴族たち』は藤原道長と同時代を生きた藤原実資による『小右記』をベースとしているだけに、エピソードのほとんどが『光る君へ』の時代と被る。そのため、『光る君へ』のサブテキストとしては最適の一冊なのではないかと思われる。ホントにおススメなので、『光る君へ』にハマっている方は是非どうぞ。