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『源氏物語の結婚』工藤重矩 正妻はやっぱり強かった!源氏物語で読み解く平安時代の結婚制度

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平安時代の結婚制度を源氏物語を通じて紹介

2012年刊行。筆者の工藤重矩は1946年生まれの国文学者。福岡教育大学の名誉教授、福岡女子大学の客員教授。

源氏物語の結婚 - 平安朝の婚姻制度と恋愛譚 (中公新書)

主な著作は以下の通り。

  • 『平安朝律令社会の文学』ぺりかん社(1993年)
  • 『平安朝の結婚制度と文学』風間書房 (1994年)
  • 『平安朝和歌漢詩文新考 継承と批判』風間書房(2000年)
  • 『源氏物語の婚姻と和歌解釈』風間書房(2009年)
  • 『源氏物語の結婚 平安朝の婚姻制度と恋愛譚』(2012年)
  • 『平安朝文学と儒教の文学観 源氏物語を読む意義を求めて』笠間書院(2014年)

ご覧の通り、平安時代の結婚制度について言及した著作が多く、この分野では強い専門性を持った人物であることがうかがえる。本書『源氏物語の結婚』は、平安貴族たちの結婚制度を、『源氏物語』での描写を通じて読み取っていく構成を取っている。

この書籍から得られること

  • 平安時代の結婚制度(一夫一妻制)の実態がわかる
  • 『源氏物語』でヒロイン紫の上を立てるために、他の女性がどんな扱いを受けていたのかがわかる

なお、本レビューは『源氏物語』のネタバレを含むので、気になる方は要注意!

内容はこんな感じ

一夫多妻と思われがちな平安時代だが、実際には法的に守られた正妻の立場は強力で、それ以外の女性たちとは、社会的立場、相続など、待遇面で歴然とした差が存在した。平安時代の結婚制度から『源氏物語』を読み解き、ヒロインである紫の上と、それ以外の女性たちにどんな格差が生じていたのか。作者である紫式部の周到な作劇意図を解説していく。

目次

本書の構成は以下の通り。

  • まえがき
  • 第1章 平安時代の婚姻制度―『源氏物語』理解のために
  • 第2章 婚姻制度と恋愛物語の型―母親の立場による物語構想の制約
  • 第3章 光源氏をめぐる女性たち―若紫との新枕まで
  • 第4章 明石の君―紫の上を守るための構想
  • 第5章 藤裏葉巻の源氏と紫の上―准太上天皇と輦車の宣旨
  • 第6章 第二部の婚姻関係―正妻女三宮と紫の上
  • おわりに

平安時代は一夫多妻制ではなかった

男が気にいった女たちの元を訪れる通い婚制。平安時代と言えば一夫多妻の世界。そんなイメージを持たれる方も多いだろう。しかし、本書ではそれが誤った認識であることを説いている。平安貴族は高位であればあるほど、幼い時点で、家と家が取り決めた正式な結婚を強いられる。

正妻、嫡妻と呼ばれる存在は、家と家の結びつきの結果であり。婚姻には法的な届け出も必要だ。正妻は法で護られており、社会的な待遇や、立場、相続などで圧倒的に有意な立場にある。一方で、正妻でない女性、妾(愛人、召人)たちにはなんの法的な権利はない。男の気持ちだけが全てであり、非常に不安定な立場にあったとされる。

平安時代の恋愛物語のパターン

法と社会慣習的に正妻たちは強固に守られている。また、基本的に正妻は夫と同居婚である。当然のことながら、正妻から生まれた娘も、正妻や父親と同居である。したがって、正妻や、その娘である女性たちに、他の男が言い寄ることは難しい。これらの女性は、夫ないしは、父親の強い庇護下にあるというわけだ。

『源氏物語』において、光源氏と関係を結んだ女性たちの多くが、正妻や、正妻の娘ではない存在として描かれている。つまり他の男性の庇護がない女性たちだ。

平安時代に描かれた恋愛物語の多くは、こうした庇護者のいない女に男が通うパターンが多いと筆者は説く。正妻の娘をヒロインとした場合は、正式な婿取り話にするしかなくその場合は、恋物語というよりは『竹取物語』のようなタイプの物語にするしかなくなってしまう。

正妻ではなかった「紫の上」をヒロインとするための工夫

以上の前提を踏まえたうえで、本書では『源氏物語』のヒロインである、紫の上と、彼女をめぐる女性たちがどう描かれているのかを概観していく。

紫の上は光源氏が最も愛した女性として描かれる。しかし紫の上は光源氏の正妻ではない。光源氏の正妻は、最初に結婚した左大臣家の娘である葵の上。そして継室である、光源氏の兄、朱雀帝の娘、女三宮だ。

強い庇護者を持っていた正室の二人に対して、正室ではない紫の上をヒロインとしていかに輝かせるか。本書では、紫式部が周到に設定した作劇上の工夫の数々が披露されている。葵の上は、紫の上が光源氏と関係を結ぶ前には、六条御息所の生霊によって殺され物語から退場させられる。女三宮は精神的に未熟な女性として描かれ、源氏の子ではな不義の子を産んでしまう。

本来は正妻ではない紫の上を、正妻格として物語内で扱うために、紫式部がとにかく、他の女たちを「下げる」手段を多用している。特に、光源氏の娘を生むことになる明石の君に対する「下げ」っぷりは酷いもので、生んだ娘(後に帝に嫁ぐ)は紫の上に親権を取られてしまい、自身は女房の扱いで娘に仕える。栄華を極めていく紫の上とは対照的に、ひたすら自重し卑下しながら生きていく明石の君の姿が、現在の視点から見るとなんとも痛々しく思えてしまうのであった。

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