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『千葉からほとんど出ないひきこもりの俺が、一度も海外に行ったことがないままルーマニア語の小説家になった話』済東鉄腸 情熱と生存戦略と他者からの承認

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タイトルが長い!

2023年刊行。筆者の済東鉄腸(さいとうてっちょう)は1992年生まれの映画ライター、作家。本書の題名にある通り、ルーマニアへの渡航歴がないにもかかわらず、日本国内にてルーマニア語の小説を書き、ルーマニア人向けに発表し続けている稀有なキャリアを持つ人物だ。

千葉からほとんど出ない引きこもりの俺が、一度も海外に行ったことがないままルーマニア語の小説家になった話

文字数にして51文字。タイトル長っ。タイトルがあまりに長いので、作者的には「千葉ルー」と略している。ちなみに、表紙イラストは横山裕一(よこやまひろかず)によるもの。

刊行から三か月で一万部を突破!

2023年の3月に刊行された本作は、その内容の特異さで注目を集め、マニアックなテーマにもかかわらず、じわじわと売上を増やし。6月の時点で一万部を突破。わたしの手元にあるのは4月に出た第三版だ。

ネットの各所でも書評が上がっている。以下掲載日順に主な記事をリンク。

内容はこんな感じ

就活に失敗し、千葉の実家でのひきこもり生活。唯一の救いは映画を見ること。映画評論の記事を書き始めるものの、難病のクローン病に罹患。好きな映画をきっかけとして出会ったルーマニア語にハマり、言語を習得する過程で、小説を書き始める。遂には一度も現地に渡ることなく、ルーマニアで、ルーマニア語の小説を発表するようになった筆者の奮闘の日々を綴ったノンフィクションエッセイ。

目次

本書の構成は以下の通り。

  • はじめに
  • 1 引きこもりの映画狂、ルーマニアと出会う
  • 2 ルーマニア語学習は荊の道
  • 3 ルーマニアの人がやってきた!
  • 4 ルーマニア文壇に躍り出る
  • 5 師匠は高校生、そして九十代の翻訳家
  • 6 日系ルーマニア語は俺がつくる
  • 7 偉大なるルーマニア文学
  • 8 俺は俺として、ひたすら東へ
  • おわりに
  • 来たるべきルーマニアックのための巻末資料

序文にあたる「はじめに」の部分は版元の公式noteにて無料公開されている。気になる方はまずこちらをチェック!

情熱の話をしています

本書を読んでまず感じるのはその熱量だ。「はじめに」から「おわりに」まで、ちょっと大丈夫かこの人?と思えるくらいのハイテンションで駆け抜けていく。あと10年経ったらこのノリではきっと書けないだろう。いましか書けない文体だと思う。

あえてパッションを感じさせる文体を選択しているのだと思うけど、これはなかなかの冒険だったと思う。でも、結果として、読み手にも筆者の高揚感が、ひしひしと伝わってくるので、これはこれで正解。

就職に失敗し、実家でのひきこもり生活。そしてうつ病に。さらに難病のクローン病に罹患してしまったせいで外出もままならない身体になってしまう。絶望的な状況に陥った筆者を救ったのがルーマニア語だ。ルーマニア語の習得に血道をあげ、映画、書籍、現地の人々との交流に耽溺していく。「好き」は時として人を救う。心底情熱を傾けることができる「好き」に出会えた筆者は本当に幸せな人間なのだと感じた。

生存戦略しましょうか

そして本書は、「好き」をいかにして生活の糧に替えていくか。そのための生存戦略を語った作品でもある。ルーマニア語を学ぶ日本人は少ない。ましてや、ルーマニア人向けに、ルーマニア語で創作活動ができる日本人は皆無だ。ここに圧倒的な希少価値が生まれる。

驚かされるのは、筆者のネットコミュニケーション力だ。現地には行けないけれど、ネットでいつでもルーマニア語で交流が出来る場所を作ってしまえばいい。Facebookで片っ端からルーマニア人に友達申請をする。その数、なんと数千人以上。その中には、現地の作家や、批評家、出版人も居る。有機的に繋がったコミュニティの輪を武器に、筆者は誰も通ったことのない、日本人ルーマニア語作家の道を切り開いていくのだ。

十代のルーマニア人高校生詩人にだって師事するし、御年90歳を超える、日本人ルーマニア語翻訳家の大家、住谷春也(すみやはるや)とも交流を深めていたりする。なんだこのコミュ力の化け物は。

俺の人生を認めてくれてありがとう

「千葉ルー」を語るためのポイント三つ目。それは他者からの承認が自我を救うってことだ。筆者は文学を愛し、映画を愛し、またそれらを自らの言葉で論じることできる高い能力を持っていた。だが、筆者は就職に失敗し、家から出ることもできない難病を患ったひきこもりだった。自分は社会からは認められていない。高い自尊心と、それに反比例するかのように低い自己肯定感。自尊心と、自己肯定感の折り合いがつけられない人生とは苦しいものだ。

筆者はルーマニア語を武器に、他者からの承認を勝ち取った。

生れちまったもんはしょうがねえ!

どうせなんだから生きてやれ、お前の人生を全力で!

『千葉からほとんど出ないひきこもりの俺が、一度も海外に行ったことがないままルーマニア語の小説家になった話』p231より

最後に書かれているこの一文は、筆者の高らかな勝利宣言であると共に、同様な悩みを抱えた人々へのエールにもなるのではなかろうか。

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