唯一無二の特別養護老人ホームが出来るまで
2015年刊行。単行本版はナナロク社から出ている。
筆者の鹿子裕文(かのこひろふみ)は1965年生まれの編集者、作家。その他の著作に2020年の『ブードゥーラウンジ』、2021年の『はみだしルンルン』がある。
表紙イラストはモンドくんこと、奥村門人(おくむらもんど)によるもの。モンドくんは2003年生まれなので、本書刊行時でなんと12歳!絵だけではなく、最近では俳優としても活動しているらしくマルチな才能を発揮している。これからが楽しみな方。
ちくま文庫版は2019年に登場している。解説は熊本の橙書店の店主であり、エッセイストでもある田尻久子(たじりひさこ)によるもの。
内容はこんな感じ
お仕着せではない、手作りの特別養護老人ホームをつくりたい。人間が最期まで人間らしく生きることができる場所をつくりたい。お金もないし、場所もない、だが情熱だけはある。様々な属性を持つ、個性的なスタッフが結集し、手探りでの介護施設「宅老所よりあい」の立ち上げがスタートする。
目次
本書の構成は以下の通り。
- 01へろへろ発動篇
- 02濁流うずまき突入篇
- 03資金調達きりもみ爆走篇
- 04ひとりぼっちのヨレヨレ篇
- 05ぬかるみ人生浮沈篇
- 06ケ・セラ・セラ生々流転篇
- 長いあとがき
- 文庫版あとがき
- 下村恵美子が「よりあい」を去った日
- 解説 物語は終わらない 田尻久子
実話をもとにしたノンフィクション作品
本書で紹介されている「宅老所よりあい」は福岡県に実在する老人介護施設である。ホームページはこちら。
施設紹介のページに「宅老所よりあい」の外観(複数ある)写真が掲載されているが、いわゆる無味乾燥とした、没個性的な老人ホームのイメージを大きく裏切るビジュアルであることに驚かされる。
お金で安心は買えない。ぼけても普通の暮らしを続けたい。介護を地域に戻したい。そんな思いから「宅老所よりあい」は始まっている。これまでになかった、まったく新しいコンセプトの特別養護老人ホームを作りたい。周囲には森がある。福岡市初となる木造の二階建て施設。そこではお年寄りは、自由を奪われて狭い空間に押し込められることはない。
中心人物は下村恵美子(しもむらえみこ)と村瀬孝生(むらせたかお)の二人。金も人もモノもない中で、ゼロを1に出来て、更に10に、100へと増やしていける稀有な存在だ。介護の世界ではおそらくカリスマ的な人物なのではないかと思われ、その行動力と人を惹きつけてやまないキャラクターが圧倒的だ。
いい年をしたオジサンとオバサンたちが、高校の文化祭前夜のような興奮の中にある。これまでになかったことを実現したい。そんな人々の集まりに自然と醸し出されてくる高揚感と熱狂。そのテンションは周囲にも伝染し、読む側の心すら熱くさせる。
居場所を探す物語でもある
筆者の鹿子裕文の本業は編集者であり、介護とは全く無縁の世界で生きてきた人間だ。だが、取材で村瀬孝生に出会ったところから、いつの間にか「宅老所よりあい」の建設に巻き込まれていく。ロック雑誌『オンステージ』や『宝島』の編集者を経て、地元である福岡に帰った筆者だったが、フリー編集者とは名ばかりでとにかく仕事がない。
誰からも必要とされない人生とは虚しいものだ。そんな筆者が「よりあい」スタッフの熱気にあてられ、いつしか本業とはまったく関係の無い、稼ぎにもならない仕事に夢中になって行くのだ。自分の能力が認められ、必要とされ、輝ける場所がある。自分がそこにも居てもいいのだと思える空間が存在することは、どれだけその人を勇気づけるだろう。筆者にとって「宅老所よりあい」があって良かったと心から思ってしまった。
わたしがそんなに邪魔ですか?
誰にでも遅かれ早かれ、程度の大小はあれ訪れるであろう「ぼけ」を、世間では不治の病のように怖れ、忌み、その存在に蓋をしようとする。
「宅老所よりあい」は「ぼけても普通に暮らしたい」をコンセプトとして掲げる施設だ。本書に登場する村瀬孝生は「ぼけの世界」で暮らす人々の豊かさを説いて回る。「ぼけたら普通には暮らせない」のか?住み慣れた家を出なくてはいけないのか?そんな世の中の常識に村瀬は疑問符を突き付ける。
世間からは邪魔な存在とされて、老人ホームに隔離され、見えなくされていく人びと。社会から放逐され、つまはじきにされていくぼけ老人の姿に、筆者は職もなく孤独な日々を追っていた自らを、そして、世間からはみ出しもの、落ちこぼれたちの姿を重ね合わせていく。
とはいえ、本書では「ぼけても普通に暮らしたい」を、支える側の苦労はほとんど描かれない。きれいごとでは済むはずもなく、表に出てこない部分で、想像を超えた難しさもあるはずだ。そのあたりについても知りたいところだけど、それはそれで辛い話になってしまう気もする。
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