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『ある行旅死亡人の物語』武田惇志・伊藤亜衣 他者の人生を覗き見る罪深さを考える

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1200万PVをたたき出した記事の書籍化

2022年刊行。筆者のふたりは共同通信社の記者。そのうちのひとり武田惇志が、記事になるネタはないかと官報を読んでいた本件にぶち当たった。

ある行旅死亡人の物語

書籍化される前にネットでも記事になり、とても話題になったので、記憶に残っている方も多いのではないだろうか。

内容はこんな感じ

2020年4月。兵庫県尼崎市のアパートで高齢女性が孤独死した。死因はくも膜下出血。身寄り無し。知人無し。事件性はないと思われたが身元が分からない。住民票は抹消。無年金。無保険。残されたのは3,400万もの現金。右手の全指が欠損。数十枚の写真。珍しい姓の印鑑。社会との接触を避けて生きてきたこの女性は何者なのか。二人の記者がその謎に迫る。

目次

本書の構成は以下の通り。

  • 1
    • 発端
    • 兎の穴
    • 橋の上の密談
    • 警察と探偵
    • 錦江荘
    • 家系図を作る
    • アルバム
    • 「沖宗さん」を辿る
    • 身元判明
  • 2
    • 面影
    • 少女時代
    • 消えた写真の男
    • 今はなき製缶工場を訪ねて
    • 原爆とセーラー服
    • 「きれいな人だったから」
    • 残された「謎」
    • 配信と余波
    • 旅果ての地

本書は二部構成となっており、身元が判明するまでが第一部。身元が判明してからが第二部となっている。

行旅死亡人って?

行旅死亡人(こうりょしぼうにん)とは、聞きなれないことばだ。Wikipedia先生から引用させていただくとこんな意味。

日本において、行旅中死亡し引き取り手が存在しない死者を指す言葉で、行き倒れている人の身分を表す法律上の呼称でもある。また、本人の氏名または本籍地・住所などが判明せず、かつ遺体の引き取り手が存在しない死者も行旅死亡人と見なす。「行旅」とあるが、その定義から必ずしも旅行中の死者であるとは限らない。なお、「行路死亡人」は誤り。

行旅死亡人 - Wikipediaより

字面から旅行中や、行き倒れによる死者を指す言葉のようにも思えるが、本書の事例のように自宅で亡くなった場合でも適用される概念のようだ。

行旅死亡人は身元が分からないので、埋葬や相続に問題が発生する。そのため官報に掲出され公告がなされる。官報で行旅死亡人を検索するサイトもある(思わず読みふけってしまう)。

数々の謎

本件には数々の謎が残されている。ざっと挙げてみるとこんな感じ。

  • 室内の金庫には3,400万円の現金。預金口座からは数年前にまとまった金が定期的に使われていた(合計500万円程度)
  • アパートの借主は男性(故人の内縁の夫?)だが、40年間大家は一度もその姿を見たことが無い
  • 年齢を12歳も若く申告していた
  • 故人は労災により右手の全指を失っているが、労災の支給を辞退している
  • 謎めいた番号が書かれた星形の意匠を持つペンダントが遺されていた
  • 金庫に入っていたアクセサリ類が所在不明に
  • 二重のチェーンロック。窓にも自前の施錠と警報装置を設置。
  • 子どもの存在が仄めかされるが記録には残っていない

手がかりがほとんどない状態で、警察や、弁護士が雇った探偵でも故人のこれまでの足跡は掴めなかった。しかし筆者のふたりは、故人が全国に100人程度しか存在しない、珍しい苗字の印鑑を持っていたことをヒントに、真相に切り込んでいく。遂に親族にたどりつき「わたしの叔母です」の証言が得られたシーンでは驚かされた。点と点を結び、故人のルーツをたどり、その人生の解像度を上げていく。フィクションではあるが宮部みゆきの『火車』を想像させられる展開で、一度読み始めたら最後までは一気読みだった。

解明されない謎も多い

筆者のふたりは故人の生地をつきとめ、幼少期から成人するまでの足跡は辿ることができた。しかし故人がどうして生地を離れ関西に出たのか。なぜプライバシーを隠して生きてきたのか。謎の男性は何者だったのか?およそ40年間という、故人の人生の大部分は依然として謎に包まれたままなのである。この点で、本書は唐突に終わっており、読む側としてはいちばん知りたかったポイントがわからないままなので、非常にもやもやとした読後感が残った。現実はそんなもんだよなとは思うけれど……。

存命している親戚まで辿れてしまったことで、公開できない事象も出てきてしまったのではないかとも思えた。本書には「書けなかったこと」も多々あるのではないだろうか。

故人のプライバシーを暴く罪深さは残る

故人は非常にミステリアスな状態で亡くなられており、記者であれば飛びつくのは当然とも思える。とはいえ、本人は誰にも知られなくないと決めてこれまでの人生を送ってきたはずだ。頼んでもいない相手に素性を探られ、実名、顔写真付きでその生涯を公開されるのは、間違いなく不本意なことだったろう。

好奇心のままに、本書を読んでいるわたしも、もちろん同罪で、人の一生をエンターテイメントとして消費してしまう罪深さは自覚すべきだと思う。

 

本書を読んで個人的に気になったのは、故人の生き方を寂しいもの「さえんかったろうな」として、同情的に書いている点だ。当人がそれを良しとして生きたのであれば、周囲がどうこういうべきではない。一段上から見下ろしているような目線を感じて鼻についた。

また細かいツッコミになるが、表紙には故人が40年大切にしてきたぬいぐるみ「たんくん」が描かれている。シンボリックな存在なので表紙に使いたくなる気持ちはわかるのだが、ぬいぐるみの持ち方はなんとかならなかったのか。おおきなぬいぐるみの腕だけを持つ持ち方は、ぬいを傷めてしまうし、だいたいにして当人(ぬい)が痛がるのではないか。せめて抱えて持つような絵面にならなかったのかと、思ってしまうのであった。

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