明石書店のエリア・スタディーズシリーズ
2013年刊行。編著者である松本弘(まつもとひろし)は1960年生まれの政治学者。大東文化大学、国際関係学部の教授。同氏をはじめとして二十名を超える中東地域の研究者たちが執筆陣として名を連ねている。
本書は明石書店の「エリア・スタディーズ」シリーズの一冊。「エリア・スタディーズ」は「世界の国と人を知るための知的ガイド」として、旅行ガイドブックよりも、より突っ込んだエリア解説をしてくれる地域紹介本だ。1998年から刊行が開始され、現在では300冊を超える膨大なラインナップを構成している。
既刊の一覧はこちら。特定の地域について知識を得たい時には便利なシリーズである。けっこうマイナー地域も扱っているのでありがたい。
内容はこんな感じ
アラビア語、イスラーム、遊牧民、石油、絶え間のない紛争。古くから発展し、複雑な歴史的経緯をたどったアラブ各国。日本人には馴染のないアラブ地域の実情について、その歴史、文化、思想、政治、経済等、幅広い側面から解説。アラブ地域の18の国と地域についてそれぞれの概要を紹介していく。
目次
本書の構成は以下の通り。
- はじめに
- アラブ諸国地図
- 1 基本的な視座
- 2 文化と生活
- 3 現代政治の基層と特質
- 4 世界のなかのアラブ
- 5 アラブ世界の位相
- 6 アラブ人と国民意識―アイデンティティの複合・重層
- 現代アラブを知るための文献案内
アラブ諸国って?
アラブ諸国と言っても、日本人には漠然としたイメージしか持てない。本書では以下の18の国と地域(パレスチナ)を対象として扱っている。
- マグリブ(西アラブ):モロッコ・アルジェリア・チュニジア・リビア
- マシュリク(東アラブ):エジプト・スーダン・ヨルダン・シリア・レバノン・イラク・イエメン・パレスチナ
- 湾岸諸国:サウジアラビア・クウェート・カタル・バハレーン・UAE・オマーン
ベースとしてアラブ連盟に加盟している国が対象となっているが、地域性や、地理的な問題から、ソマリア・ジプチ・モーリタニア・コモロの四か国は除かれている。
地域的には北アフリカ一帯と、アラビア半島周辺まで。トルコやイランは含まれない。
基本的な地域特性として、アラビア語を母語とし、主としてイスラーム教が信仰されている。アラブ諸国の人口はおよそ2億数千万人。歴史的な経緯から、人種的には混交しており、肌の色はさまざま。イスラーム以外にも、キリスト教系のコプト正教(エジプトに多い)や、マロン派カトリック(レバノンに多い)、そしてユダヤ教を信仰している人々も少なからず存在する。
近代まで
ムハンマドによって7世紀初頭にイスラームの教えが信仰されるようになる。やがてアラブ人の立てたアッバース朝が成立するも、10世紀中に滅亡してしまう。イスラームの信仰は周辺地域に広まったが、その後は非アラブ系のイスラーム王朝が多数勃興する。
イスラーム教を信仰する国家は多数存在するが、アラビア語を母語とした民族(シリア・イラク・エジプト・北アフリカ)と、イスラームは受容したがアラビア語は話さない民族(トルコ・イラン)に大別される。近代以降、現在のアラブ地域のほとんどは、非アラブ人国家であるオスマン帝国により支配されていたというのは、ちょっと意外。
オスマン帝国と西欧列強の進出
20世紀初頭まで存在したオスマン帝国が、第一次世界大戦の結果として消滅すると、空白地帯となったアラブ地域には西欧列強が進出した。とりわけ大きな影響力を残したのがイギリスとフランスだ。だがこの二国は第二次世界大戦で国力を消耗し、さまざまな諸問題を積み残したまま、大戦後はアラブ地域から徐々に手を引いていく。イスラエル問題。進まない民主化。イスラーム原理主義者によるテロ行為。現在のこの地域に残る諸問題は、だいたいにおいて英仏に責任があるように思える。
最終章の各国史が興味深い
本書の最終章「アラブ人と国民意識」では、各国別の現代史が紹介されている。各国あたり数ページと、割かれている文章量はわずかなのだが、それだけに凝縮された内容となっており、それぞれの国家の特徴を掴むのには役に立つ。巻頭の地図と見比べながら読むと理解が深まるだろう。ひとくちにアラブ諸国といっても、北アフリカ諸国と、アラビア半島の諸国家とではまるでスタイルが異なる。未だに王制の国もあれば、民主化された国、権威主義的な体制の国もあったりとさまざまだ。
ただ、各国ごとに執筆者が異なる(それだけ専門性の高い書き手を用意したのだろうが)ため、記述内容に濃淡が出ている。通史をまとめてくれている国もあれば、現代史にフォーカスした国もあり、できればテイストは揃えて欲しかった。この点はちょっと残念。