パレスチナ問題の入門書として
2017年刊行。筆者の高橋真樹(たかはしまさき)は1973年生まれのノンフィクション作家。エネルギー問題、SDGs関連等、環境についての著作多数。
帯には放送大学教授(現在は退官されて名誉教授)の高橋和夫の推薦文が掲載されている。筆者のプロフィールを読む限り、放送大学で非常勤講師をされていたキャリアがあるようなので、その際のご縁なのかな?
パレスチナ問題を扱った作品としては、他に2002年刊行の『イスラエル・パレスチナ平和への架け橋』がある。こちらは高橋和夫が監修まで行っている。
内容はこんな感じ
ヨルダン川西岸地区。本来はパレスチナ人の居住域であるはずのこの地には、イスラエル人の入植者がいたるところに食い込んでいる。パレスチナ人居住地は高い壁で囲まれ、唯一の出口は武装したイスラエル兵が常時監視している。この状況はどうして生じたのか。いま、何が起きているのか。そして解決策はあるのか?パレスチナ問題を子どもたちの目線からとらえたエントリーブック。
目次
本書の構成は以下の通り。
- はじめに
- 1章 壁と入植地に囲まれたぼくの村
- 2章 「占領」とは何か?
- 3章 パレスチナ問題の歴史をたどる
- 4章 難民キャンプの子どもたち
- 5章 インティファーダ―ぼくは石を投げた
- 6章 ガザ―空爆は突然やってくる
- 7章 イスラエル市民はなぜ攻撃を支持するのか?
- 8章 非暴力で闘うパレスチナの若者たち
- 9章 米国、国際社会、そして日本は何をしているのか?
- 10章 わたしたちにできること
- あとがき
- パレスチナ問題関連年表
- パレスチナ問題を知るための本&映画のリスト
子どもたちの目線から見たパレスチナ問題
本書の冒頭に登場するのは、ヨルダン川西岸地区のアラブ人集落ナビ・サミュエルで暮らす子どもたちだ。鉄条網で囲まれたこの村はイスラエル兵に監視され、出入りは検問で全てチェックされる。村の中には商店もなく、病院もない。家の増改築はできず、新築は許されない。少しでも不審な事態が発生すると村への出入りはできなくなる。
ヨルダン川西岸地区はパレスチナ人のための場所のはずなのに、彼らの人権は大幅に制限されており、常に命の危険にさらされている。
パレスチナ問題の歴史をたどる
第三章はパレスチナ問題の歴史について書かれている。パレスチナ問題といえば、聖地をめぐる問題であるとか、宗教的な側面がクローズアップされがちだが、実際のところはヨーロッパでの長きにわたるユダヤ人差別問題が、かの地に持ち込まれた事案だと本書では説いている。
19世紀、ロシアや東欧地域ではユダヤ人への差別、迫害が酷くなり、ユダヤ人国家設立の機運が高まる。この時点ではパレスチナの地へのこだわりはなかった。その後、オスマン帝国が滅亡し、パレスチナ地域に政治的空白が生じる。この地を支配することになったイギリスの三枚舌外交(諸悪の根源はイギリスだと思う)。当時のアメリカが移民を制限し始めたことにより、独立を求めたユダヤ人たちはパレスチナに集まることになる。
第二次大戦後、イギリスはパレスチナの統治を諦め、1947年には不公平なパレスチナ分割案が国連で決議され、翌1948年にはイスラエルの独立が宣言される。この時点でおよそ70万人のアラブ人が故郷を追われ難民となった。
イスラエル国内にもさまざまな階層がある
イスラエル国内のユダヤ人と言っても、世界各地から集まってきているため、さまざまな人種層が混在している。
- 東欧出身(アシュケナジーム)、比較的高学歴で裕福
- 中東・北アフリカ出身(ミズラヒーム)
- ロシア系移民
- エチオピア系、比較的貧しい
東欧にルーツを持つ、富めるアシュケナジーム層が大きな権力を持ち、中東・北アフリカ系のミズラヒームは、地元出身であるがゆえに、アラブ人に対して強い憎悪の感情を抱いている。ソヴィエト末期に流入したロシア系移民は100万人にも及び、大きな勢力となっている。一方で、ユダヤ人人口を増やすためにとやって来たエチオピア系の人びとは最底辺の階層に位置付けられている。
また、イスラエル国内には、あえてこの地にとどまったアラブ人も存在する。彼らは兵役の義務がない反面、国内ではさまざまな差別を受け、二級国民的な扱いを受けている。この地域に住む人々をまとめるとこうなる。
- イスラエル国籍のユダヤ人
- イスラエル国籍のアラブ人
- 東エルサレムのパレスチナ人
- ヨルダン川西岸地区のパレスチナ人
- ガザ地区のパレスチナ人
見るからに複雑で、この地域の騒乱に終わる糸口が見いだせないのも理解できる気がする。
アメリカはなぜイスラエル支持なのか
イスラエル最大の支援国はアメリカだ。アメリカ政府は年間30億ドルもの支援を毎年イスラエルに対して行っている。また、イスラエルへの寄付には税金はかからない。アメリカ国内でのユダヤ人は600万人程度と決して多くないのだが、政財界に強いパイプを持つユダヤ人ロビー団体の活動が旺盛で、影響力は甚大である。イスラエル支援に非協力的な議員は、ユダヤ系ロビー団体に落選運動を起こされてしまうので、その扱いにはかなりナーバスになっているようだ。結局、アメリカ政府は選挙対策として、国内のユダヤ人の声を無視できず、イスラエルへの支援を止めることができないのだ。
ただ、近年、あまりに非人道的なイスラエルの体制に疑念を抱く、アメリカ国内のユダヤ人勢力も増えているとのこと。こうした人々が、ここ最近の反イスラエルデモなどの活動に繋がっているのかもしれない。
パレスチナ問題を知るための本&映画のリスト
最後に、本書の巻末に収録されていた「パレスチナ問題を知るための本&映画のリスト」を転載させていただいた。この分野についてより知りたい方にはおススメかと思われる(リンク先は全てAmazon)。
書籍
- イスラエル・パレスチナ平和への架け橋:高橋真著/高橋和夫監修(高文研)
- パレスチナ 新版:広河隆一著(岩波新書)
- なるほどそうだったのか!!パレスチナとイスラエル:高橋和夫著(幻冬舎)
- アメリカはなぜイスラエルを偏愛するのか:佐藤唯行著(新潮社文庫)
- <中東>の考え方:酒井啓子著(講談社現代新書)
- イスラエルとは何か:ヤコブ・ラブキン著(平凡社新書)
- 世界史の中のパレスチナ問題:臼杵陽著(講談社現代新書)
- パレスチナを知るための60章:臼杵陽、鈴木啓之編 (明石書店)
映画
- パレスチナ1948-NAKBA:広河隆一監督
- 沈黙を破る:土井敏邦監督
- 自由と壁とヒップホップ:ジャッキー・リーム・サッローム監督
- ガーダパレスチナの詩:古居みずえ監督
- ぼくたちは見た!ガザ・サムニ家の子どもたちー:古居みずえ監督
- 戦場でワルツを:アリ・フォルマン監督
- オマールの壁:ハニ・アブ・アサド監督
- 娘された5つのカメラ パレスチナ・ビリンの叫び:イマード・ブルナート、ガイ・ダビディ製作
- 歌声にのった少年:ハニ・アブ・アサド監督