イスラエルから日本にやってきたユダヤ人の平和論
2016年刊行。筆者のダニー・ネフセタイ(Dany Nehushtai)は1957年生まれのイスラエル人。イスラエルの高校を卒業後、徴兵でイスラエル空軍に三年間所属。その後、来日、日本人女性と結婚。日本で家具職人となった方。
本業は家具職人だが、反戦、反原発についての活動を積極的行っている。その他の著作に2023年に刊行された『イスラエル軍元兵士が語る非戦論』。
また、2024年刊行の『どうして戦争しちゃいけないの? 元イスラエル兵ダニーさんのお話』がある。
その特異な経歴から、昨今のイスラエル、パレスチナ情勢について取材を受けることも多いようで、軽くググっただけでもいくつか記事が出てきた。
内容はこんな感じ
イスラエルに生まれた若者はどのようにして育ち、いかなる体験をして大人になるのか。幼いころから徹底してたたき込まれる愛国教育と選民思想。国民は必ずいちどは軍に入らなければならない徴兵制の国。三年間の兵役を終えて、アジアをめぐる旅に出た筆者は、そんなイスラエル人の在りように疑念を抱く。
目次
本書の構成は以下の通り。
- はじめに
- 1 イスラエル出身の私が日本で家具作家になった理由
- 2 私はなぜ脱原発と平和を訴えるのか
- おわりに
イスラエル人から見たイスラエル
ここしばらく、パレスチナ関連の書籍を何冊か読んできている。放送大学の面接授業で、テキスト指定や、参考書として指定されているものが多い。本書もその一冊となる。これまではパレスチナ側からの著作が多かったが、今回はイスラエル人の著作である。イスラエル人の歴史認識はどうなっているのか。昨今の状況をどう考えているのか。異なった視点で見ていくことで、より立体的に物事を捉えることができるのではないだろうか。
(とはいいながらも、筆者はイスラエルでは圧倒的な少数である平和論者なので、本書をしてイスラエル人の一般的な考え方とみなすことは出来ないのだけど)。
世界の誰一人として私たちを批判する権利はない
第二次大戦中、ナチス・ドイツによるホロコーストにて、およそ600万人のユダヤ人が虐殺された。ユダヤ人の強制収容所への移送計画の中心人物として、アドルフ・アイヒマンが1961年にイスラエルの法廷で裁かれ死刑となる。この際、当時のイスラエル外相ゴルダ・メイアが述べた言葉が以下である。
私たちがされたことが明らかとなった今、私たちが何をしても、世界の誰一人として私たちを批判する権利はない
『国のために死ぬのはすばらしい?』p5より
発せられてから半世紀以上を経た現在、この言葉は、イスラエル人にとって重要な価値観となっている。これほどの迫害を受けたのだから、私たちは何をしても許される。他者から批判を受けるいわれはない。現在のパレスチナ情勢には、こうしたイスラエル人の強い被害者意識が横たわっている。
子どもの頃からの愛国教育
本書は二部構成となっており、第一部の「イスラエル出身の私が日本で家具作家になった理由」では、筆者の幼少期から、日本に来るまでが描かれる。
イスラエルは移民の国で、筆者の父方の祖父母はポーランド出身。母方の祖父母はドイツ出身。イスラエルの建国(1948年)に先立って、シオニズム運動の一環として1920年代にこの地にやってきている。歴史に疎いと、1948年にいきなりイスラエルという国が生まれたように思ってしまうが、実際にはその何十年も前から、世界各地からユダヤ人がパレスチナへの移住を行い、建国に至るまでの下地を作ってきたわけだ。
イスラエルは、ホロコーストの生存者たちが作った国。そんな印象を持っている人間もいるのではないかと思うのだけど、実はこうした人々はむしろ後発組だった。抵抗なく殺害されたことで、ホロコーストの生き残りたちは、イスラエル国内では当初は蔑視の対象だったいう。
イスラエルでは、街の各地に戦車や戦闘機が展示されており、自宅にはいざというときのシェルターの配備も義務付けられている。やがて来る、徴兵を意識したサバイバルキャンプも実施される。入隊前になると、軍隊やアウシュビッツへの見学ツアーが行われ、戦時を意識した教育が徹底される。「国のために死ぬのはすばらしい」と言い聞かされて育つのだ。子どもの頃からこうした愛国、軍事教育を受けているのだから、イスラエルが好戦的な国家になってしまうのは、如何ともしがたいように思える。
帰還不能点を越えてはいないか?
歴史にはあとから考えてみると、あの瞬間がターニングポイントだったと感じる地点が存在する。だが、それは現在進行形ではなかなか気づくことができない。帰還不能点はいつの間にか超えていて、そこから先はもう引き返すことができなくなる。筆者は過去の帰還不能点を学び、現代においてその過ちを繰り返さないようにと最後に説いている。
2023年からガザへの攻勢を続けているイスラエルを見ていると、帰還不能点を通り過ぎてしまっているように見えるのだが、現在の筆者であればどう考えるのか知りたいところ。このあたりは、昨年末に出た新刊の『イスラエル軍元兵士が語る非戦論』を読めばわかるかな?
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