2019年ビジネス書大賞、大賞受賞作
2018年刊行。筆者の新井紀子(あらいのりこ)は1962年生まれの数学者。一橋大学では法学部に入学しながら、在学中に数学の魅力に取りつかれイリノイ大学の数学科に留学。数学の研究者になってしまった人物。現在は国立情報学研究所社会共有知研究センター長、教授職を務めている。
本日ご紹介する『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』は2019年のビジネス書大賞で大賞を受賞した一冊。帯を読む限り28万部突破と、この類の書籍としては異例の売れ行きを達成している。
続篇的な作品として2019年には『AIに負けない子どもを育てる』が刊行されている。
この書籍から得られること
- AIに出来ることと出来ないことがわかる
- 読解力が落ちるとどうしてAIに代替されてしまうのかがわかる
内容はこんな感じ
筆者の開発する人工知能を搭載した「東ロボくん」は、東京大学への合格を目指すも挫折する。MARCHクラスの大学入試問題なら解けるのに、東大レベルの問題には歯が立たない。その理由は、現時点の人工知能の限界にあった。一方で「教科書が読めない」子どもたちが増えている。読解力の劣る人間は、いずれ人工知能で代替されていく。それではどうすればいいのだろうか。
目次
本書の構成は以下の通り
- はじめに―私の未来予想図
- 第1章 MARCHに合格―AIはライバル
- 第2章 桜散る―シンギュラリティはSF
- 第3章 教科書が読めない―全国読解力調査
- 第4章 最悪のシナリオ
- おわりに
東ロボくんの栄光と挫折
東ロボくん(とうろぼくん)は筆者の所属する国立情報学研究所が開発を進めている人工知能。東京大学への入学を目指し、各界の総力を結集。MARCH(明治・青山・立教・中央・法政)レベルの大学入試問題(上位20%程度)には合格できる実力が身に付いた。
しかし、単純な暗記問題だけではない、回答にあたって高度な読解力を求められる、東京大学の大学入試問題には苦戦が続いており、図らずも現時点での人工知能研究の限界が露呈する結果となった。人工知能は意味を理解することが出来ない。常識を理解することが出来ない。したがって、国語や英語の読解問題が鬼門となるのだ。
では、どうやってこれらの問題を解かせているのかというと、膨大な数の問題とその回答例を読み込ませ。統計的な処理を行っている。つまり、過去問を読む限り、〇〇の問題には××と回答すると正答となる。この事例をひたすら積み上げて、もっとも当たる確率の高い選択肢を選ぶ。これによって、問題文の意味を汲み取れなくても、正答に近い答えにたどり着ける。
人間の読解力が落ちている
東ロボくん研究と並行して、筆者は子どもたちの読解力を測る「リーディングスキルテスト」を全国2万5000人に実施している。
具体例を引用させていただこう。
次の文を読みなさい。
仏教は東南アジア、東アジアに、キリスト教はヨーロッパ、南北アメリカ、オセアニアに、イスラム教は北アフリカ、西アジア、中央アジア、東南アジアに広がっている。
この文脈において、以下の文中の空欄にあてはまる最も適当なものを選択肢のうちから1つ選びなさい。
オセアニアに広がっているのは( )である。
①ヒンドゥー教 ②キリスト教 ③イスラム教 ④仏教
『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』より
知識を問う設問ではない。簡単な係り受けの理解を問う設問で、正解はもちろん②のキリスト教。だが、全国の中学生の38%、高校生の28%がこの問題を間違えてしまう。例題をいくつか受けてみるとわかるのだが、わたしたち大人が解いても、うっかりすると間違えてしまう設問が多い。
「リーディングスキルテスト」の結果、全国の高校生のおよそ半数は、教科書を正しく読み解くことが出来ないのではないかと筆者は推定している。
単純な仕事は人工知能に代替されていく
人工知能は意味を読み解くことが出来ない。しかし、驚くべきことに、現代の子どもたちの読解力も落ちている。今後、半分程度の人間は、人工知能と読解力において大差がない存在となっていく。これから人工知能は統計的な手法を使って、力づくでさらに性能が増していくことが想定できるだけに、人間側としては厄介な事態である。
人工知能と人間で大差がない。であれば、より安価で、疲れることのない(文句も言わないだろう)、人工知能に多くの人間の業務が奪われていくことは明白だ。
それではどうすればいいのか?人工知能は問題を解決する力がない。新たなサービスを創出することが出来ない。こうしたクリエイティブな部分は、まだ当面のところは人間有利と言える部分だろう。この部分で活躍できるような人材が、これからの時代、より一層求められていくことになる。
筆者は全ての中学一年生に「リーディングスキルテスト」を無償提供し、読解の偏りや不足を科学的に診断し中学卒業までに「教科書を読めるようにする」ことを目標として活動を続けている。人工知能にある程度、人間の職を奪われることは避けられそうにない。であれば、奪われた以上の職を新たに作り出すしかない。そのためには、子どもたちの読解力育成が急務ということになる。
本書はKidle Unlimited対象作品なので、加入者の方はすぐ読めます(2022年11月4日現在)。
音声朗読のAudible版は2020年に登場。ナレーションは深月みなが担当している。
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