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『映画を早送りで観る人たち』稲田豊史 コンテンツは鑑賞物から消費するものに変わっていく

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ウェブメディア発、コンテンツ消費の現在形

2022年刊行。筆者の稲田豊史(いなだとよし)は1974年生まれのライター、編集者、コラムニスト。映画配給会社のギャガ・コミュニケーションズ(現ギャガ)出身で、その後、キネマ旬報社を経て独立。映画評論からジェンダー論、ポップカルチャーまで幅広い分野を得意ジャンルとして活躍している人物。

映画を早送りで観る人たち~ファスト映画・ネタバレ――コンテンツ消費の現在形~ (光文社新書)

もともとは講談社のWebメディア「現代ビジネス」に連載されていた記事がベースになっている。元記事はこれかな。

この記事には900を超えるブックマークが集まっており、大きな反響があったことが伺える。

この書籍から得られること

  • 映画が早送り視聴されている理由がわかる
  • 現代の映像作品の特徴がわかる

内容はこんな感じ

映画やドラマを早送りで観ることが常態化している人々が存在する。時間がない?効率性の重視?彼らはどうしてそのような行動を取っているのか?映像はネットで見られるのがあたりまえ。サブスクリプションによって、定額(低額)で大量のコンテンツが視聴できる昨今。現代の映像視聴スタイルを読み解くことで、コンテンツ受容の在り方の変遷を知る。

目次

本書の構成は以下の通り

  • 序章 大いなる違和感
  • 第1章 早送りする人たち―鑑賞から消費へ
  • 第2章 セリフで全部説明してほしい人たち―みんなに優しいオープンワールド
  • 第3章 失敗したくない人たち―個性の呪縛と「タイパ」至上主義
  • 第4章 好きなものを貶されたくない人たち―「快適主義」という怪物
  • 第5章 無関心なお客様たち―技術進化の行き着いた先
  • おわりに

映画を早送りで観る理由

さいきんでは、映画を早送りしてみる層が増えているのだという。

マーケティングリサーチ会社、クロス・マーケティングの2021年調査では、20~69歳の男女のうち、倍速視聴の経験者が34.4%存在する。特に20代でその傾向は顕著で、この年代に限ると経験者は男性で54.5%、女性で43.6%に跳ね上がる。

特筆すべきは、「よく倍速で視聴している」とする、倍速視聴の常態化層が20代男性では20.9%、女性では8.2%に達している。これはかなりの数字である。

本書では「映画を早送りで観る理由」として以下の三点を挙げている

  1. 映像作品の供給過多
  2. 現代人の多忙に端を発するコスパ(タイパ)志向
  3. セリフですべてを説明する映像作品が増えた

以下、それぞれの理由について紹介していこう。

映像作品の供給過多(理由その1)

NETFLIX(月額990円~)、Amazonプライムビデオ(月額500円)、U-NEXT(月額990円)、hulu(月額1,026円)と、サブスクリプション形態の動画視聴サービスが隆盛を極めている。これらの動画サービスに加入するだけで、膨大な量の映像が見放題となる。

かつては、映画館に行って映画を観たり、レンタルDVDをリアル店舗で借りたりと、映像を見るにはそれなりにコストと手間がかかった。それが、現在では自宅に居ながら浴びるように映像を低価格で視聴できるようになった。この差は大きい。

結果として、見るものが多すぎて、ひとつひとつの作品に重きを置くことが出来なくなる。映像は鑑賞物から、消費物へと姿を変える。いつでも見られるという点から、希少価値も薄くなり、「今この瞬間に見なければ!」という気持ちも薄れてくる。

現代人の多忙に端を発するコスパ(タイパ)志向(理由その2)

二つ目の理由は現代人の多忙さにあると筆者は説く。

我々世代と比べて、現代の若者はとにかく時間がない。学生であったとしても、バイトで忙しいし(親からの仕送り金額がかつてと比べて激減しているのだ)、授業も真面目に出てそれなりの成績を確保しないと就活もままならない。

このような忙しさの中で、映像を視聴し続ける時間を確保することは難しい。それでいて、同世代間のコミュニケーションでは、共通の話題に乗り遅れることは致命的である。現在ではLINEグループによる、友人間のコミュニケーションが24時間体制で機能している。仲間たちが盛り上がっている映像を、自分だけが観ていないなどということは許されない。かくして、さして興味もない映像が、早送り視聴されるというわけだ。

セリフですべてを説明する映像作品が増えた(理由その3)

三つ目の理由は、映像作品そのもの由来するものだ。

昨今の作品では、セリフで物語の背景や、登場人物の意図、物語のテーマなどを語らせる手法が増えている。筆者はこれを「暗喩、皮肉、寓意を理解できない人たち」が増えているためだとなかなかに手厳しく批判している。

これは視聴者の「わからない」を必要以上に、作り手たちが気にしている側面もあるのだろう。受け手側の「わからない」は、SNSで気軽に発信、共有され、時には大きなパッシングにすら発展する。売り上げに響くのだ。

投稿小説サイトの「なろう小説」などでは、わかりやすさが第一とされ、理解されない作品はランキングが上がらず読まれない。テレビ映像などで、テロップの多さに閉口されている方も多いかもしれないが、あれもやっている内容が「すぐわかる」ための対策なのだ。

セリフで全てが説明されると受け手が認識するとどうなるか。セリフがない部分は作品を理解するために不要な箇所と判断され飛ばし視聴されてしまうのだ。

早送り視聴もいずれ許容されていく

オールド世代にはなかなか理解しがたい『映画を早送りで観る人たち』。だが、筆者はこの視聴形態も、作品鑑賞のバリエーションの一つとして、いずれは受け入れられていくのではないかと主張している。

かつて、映画は映画館で観るものだったし、ビデオの無い時代のドラマはリアルタイム視聴しか選択肢はなかった。しかし、映画は自宅で見られるようになったし、ドラマは録画していつでも好きな時に見られるようになった。これも視聴形態の変化のひとつだ。技術の発展は人間の生活を楽にする。長い年月をかけて、エンターテイメントコンテンツの受容の在り方は、とうとう早送り視聴を許容すべきところまで来てしまったことになる。

実際問題、こうしたライトな視聴者を増やすことで、送り手側の利益が最大化出来る以上、今後も見て「すぐわかる」作品は増えていくのだろうし、早送り視聴は状態化していくのかもしれない。

関連書としてこのあたりも