発行部数17万部超のベストセラー本
2020年刊行。筆者の末永幸歩(すえまつゆきほ)は武蔵野美術大学を経て、東京学芸大学の教育学研究科へ。現在は、東京学芸大学の個人研究員兼、中学・高校の美術教諭として活躍している人物。
帯の「薦」には、藤原和博、山口周、中原淳といった錚々たる顔ぶれが並ぶ。現在の帯表記では16万部突破!とある。昨年もっとも売れた一般書のひとつといって差し支えないだろう。
この本で得られること
- 複雑な現在社会を生き抜くための「アート思考」を身につけることができる
- アートの見方について考えることができる
- 20世紀アートの歴史、意義について知ることができる
内容はこんな感じ
いま、もっとも受けてみたい美術の授業!マティス、ピカソ、カンディンスキー、デュシャン、ポロック、ウォーホル。20世紀アートの歴史を切り開いた六人のアーティストの作品をもとに「アート思考」を培う。論理もデータもあてにならない時代に「自分だけのものの見方」で、「自分なりの答え」を出し、「新たな問い」を生み出す。その方法とは?
目次
本書の構成は以下の通り
- PROLOGUE 「あなだけのかえる」の見つけ方
- ORIENTATION アート思考ってなんだろう 「アートという植物」
- CLASS1 「すばらしい作品」ってどんなもの? アート思考の幕開け
- CLASS2 「リアルさ」ってなんだ? 目に映る世界の”ウソ”
- CLASS3 アート作品の「見方」とは? 想像力をかき立てるもの
- CLASS4 アートの「常識」ってどんなもの? 「視覚」から「思考」へ
- CLASS5 私たちの目には「なに」が見えている? 「窓」から「床」へ
- CLASS6 アートってなんだ? アート思考の極致
- EPILOGUE 「愛すること」がある人のアート思考
- おわりに
- ”大人の読者”のための解説 「知覚」と「表現」という魔法の力(佐宗邦威)
- [実践編] アート思考の課外授業!
PROLOGUE、ORIENTATION、そして6つのCLASS、そして最後のEPILOGUEを読み終えるころには、「自分だけの答え」を出すためのヒントが手に入るはずである。
レッスン形式で学ぶ 「アート思考」
人気の美術展を訪れた際に、実は絵そのものよりも、脇にある解説文を眺めている時間の方が長い。そんな経験はないだろうか?この絵、見たことある。この絵、〇〇で有名な奴だよね。と、絵そのものよりも、既知の知識や、経験則でアートを解釈してしまうことはないだろうか。
多くの人間はアートの見方について学ぶことはない。学校教育時代は苦手にしていた方も多いだろう。アートについてとにかく自信がない。アートの見方について具体的な手法を知らない。それだけに、とかく人間はアート鑑賞については、他者の下した一般的な評価に引きずられがちである。
しかしそれはあくまでも他者による判断であって、自分自身の見方ではないはずだ。本書はアートについて、「自分だけの答え」を出す方法を教えてくれる。
20世紀のアート史を振り返りながら、アート思考を培う
本書では20世紀を彩った、6人のアーティストとその作品が紹介されている。その過程で、従来、アートの世界を呪縛してきたさまざま制約を、いかにして先人たちが解放してきたかが示される。
各章、そろぞれの事例は以下の通り。
- マティス:目に見えたとおりに描く呪縛
- ピカソ:遠近法の呪縛
- カンディンスキー:具象物を描く呪縛
- デュシャン:美からの呪縛(視覚から思考へ)
- ポロック:「なんらかのイメージを映し出す」からの呪縛
- ウォーホル:アートの枠組みそのものの呪縛
具体的な作品名(当然、作品の画像もある!)とあわせて解説がなされているので、内容には非常に納得感があり、とてもわかりやすい。19世紀までの絵画は写実的なもの多くてわかりやすいのに、20世紀のアートはどうしてあんなにわかりにくいのだろう。そう感じている方には、目からウロコが落ちまくる内容となっている。
アート作品はアーティストのごくごく一部
我々、一般人はアーティストの作品ばかりに目が行きがちである。しかしその作品を生み出すために、アーティストがどれだけの自己研鑽を重ね、深い思索をめぐらしているかについては知ることがない。
本書ではアートを植物に例えて、このように説明している。
- 表現の花
- 興味のタネ
- 探究の根
地上で咲くのは表現の花。これが作品である。一般人にはこの表現の花しか見えない。
しかし地中には、アーティストそれぞれに興味のタネがあり。地中深くに張り巡らされた探究の根が存在する。アートにとって大切なのは、地表に顔を出さない「探求の根」の部分なのである。
自分の内側にあったはずの「興味のタネ」を育て、「探求の根」を伸ばすことを諦めない。外から見えない、地中のタネと根を育てることなしに、花だけを追い求めても意味はないと筆者は云う。
アート思考とは
本書のすごいところは、20世紀アートの歴史を概観するだけでなく、アート思考とは何か?そして、アート思考をいかにして獲得するかについて詳しく書かれている点にある。筆者の提唱するアート思考は以下になる。
- 「自分だけのものの見方」で世界を見つめ
- 「自分なりの答え」を生み出し
- それによって「新たな問い」を生み出す
アート思考はもちろん、アート鑑賞の際には絶大な威力を発揮する。この考え方が身につくだけで、美術館を訪れた際の楽しみは倍増するはずだ。
しかし、アート思考が役に立つのはアート鑑賞の時だけではないのだ。
ちょっと話が逸れるが、VUCAという言葉をご存じだろうか。VUCAとは以下の四語の頭文字を取ったものである。
- Volatile:変動性
- Uncertain:不確実性
- Complex:複雑性
- Ambiguous:曖昧性
「先行きが不透明で、将来の予測が困難な状態」。つまり、既成の成功法則が陳腐化し、どうすれば成功できるのか想定するのが難しい、現代の社会を指す。
先日ご紹介した山口周の『ニュータイプの時代』でも言及されていた。最近のビジネス書界隈ではお馴染みの概念だ。
このVUCAの時代に、「自分だけのものの見方」で、「自分なりの答え」を出し、「新たな問い」を生み出す、「アート思考」が非常に有用であると筆者は説くのである。
美術の授業だと思って聞いていたら、実は人生そのものに応用できる知見を得ることができた。本書の終盤に得られるカタルシスは相当なものである。これは確かに売れているのも納得である。
『13歳からのアート思考 』のタイトルから、子ども向けの本かと思い込みがちだが、大人こそ読んでおくべき一冊といっていい。