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『レッドアローとスターハウス』原武史 西武鉄道と団地が東京の郊外に何をもたらしたのか

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西武鉄道と団地に着目した戦後思想史

2012年刊行。筆者の原武史(はらたけし)は1962年生まれの政治学者。専攻は日本の政治思想史。明治学院大学の教授職を経て、現在は放送大学の教授。

新潮文庫版は2015年に登場。速水健朗による「新潮文庫版への解説」が追加収録されている。

2019年には増補新版となる新潮選書版が刊行された。その後の追加取材を反映した「新潮選書版あとがき」と、映画監督である是枝裕和との対談「東京を、西から考える」が追加収録された決定版となっている。

レッドアローとスターハウス :もうひとつの戦後思想史【増補新版】 (新潮選書)

この書籍から得られること

  • 西武鉄道の歴史がわかる
  • 西武沿線の特徴がわかる
  • 団地空間がつくり出した特異な政治意識について知ることが出来る

内容はこんな感じ

西武鉄道を支配した実業家堤康次郎は、反共親米の大物政治家でもあった。彼が築いた西武王国ともいうべき沿線には巨大団地が立ち並ぶ。均質化された住宅群、ホワイトカラーを中心とした偏った住民層。この地では革新勢力が勢いづき、独自の政治空間を生み出した。「ソヴィエト化」が進んだこの地域では何が起きていたのか。西武の誇る特急列車レッドアロー号と、団地の花形住宅スターハウスを切り口に、その実態を炙り出す。

目次

本書の構成は以下の通り

  • 序――もうひとつの戦後思想史
  • 第一章 88号棟を訪ねて
  • 第二章 ひばりヶ丘前史
  • 第三章 清瀬と「赤い病院」
  • 第四章 野方と中野懇談会
  • 第五章 堤康次郎と「西武天皇制」
  • 第六章 社会主義と集合住宅
  • 第七章 団地の出現――久米川・新所沢・ひばりが丘
  • 第八章 ひばりが丘団地の時代1
  • 第九章 ひばりが丘団地の時代2
  • 第十章 アカハタ祭り(赤旗まつり)
  • 第十一章 狭山事件
  • 第十二章 堤康次郎の死
  • 第十三章 「ひばりが丘」から「滝山」へ1
  • 第十四章 「ひばりが丘」から「滝山」へ2
  • 第十五章 西武秩父線の開通とレッドアロー
  • 第十六章 そして「滝山コミューン」
  • おわりに――もうひとつの政治思想史
  • 新潮文庫版への解説(速水健朗)
  • 対談 東京を、西から考える(是枝裕和・原武史)
  • 新潮選書版あとがき

レッドアロー号と団地の花形スターハウス

本書のタイトルに登場するレッドアローは、西武鉄道の特急列車の名称。池袋駅と西武秩父、西武新宿駅と本川越などを結ぶ。同種の存在としては、小田急におけるロマンスカー、京成におけるスカイライナー、東武におけるスペーシアあたりか。関東の私鉄界において著名な特急列車のひとつといっていいだろう。

2019年から新型車両Laview(ラビュー)001系が登場したことで、特急列車の名称もLaviewに改められた。

一方のスターハウスは1950~1960年代にかけて建造された、Y字型の住宅棟のこと。特徴的な外観に加え、日当たりのよさと、居住性の高さで人気を博し、当時の団地界に在っては花形的な存在だった。

しかし建造から半世紀が過ぎ、老朽化が進んだほとんどのスターハウスは建て替えられてしまった。現存するスターハウスはわずかなものとなっている。

西武鉄道が支配する特異な空間

東武鉄道や、京王、東急、そして小田急に京急と、東京の西側には多くの私鉄が走っている。中でも、池袋線と新宿線、並行して走る二つの路線に挟まれた西武沿線は、特異な地域であった筆者は説く。もともと田園地帯で開発が立ち遅れたため西武以外の開発資本が遅れ、交通網は西武まかせ。買い物も西武デパートやスーパーの西友への依存度が高い。

また、西武鉄道は総帥であった堤康次郎が、沿線の宅地造成に興味を持っておらず、結果として公団による大規模団地の造成が相次いだ。2,455戸の新所沢団地、2,714戸のひばりが丘団地、3,180戸の滝山団地、5,230戸の村山団地と、他沿線と比べても、西武沿線での団地の多さは突出していた。

均質化された空間で革新勢力が伸長する

相次ぐ団地の造成で、西武沿線の人口は急増した。これらの団地には比較的厳しめの収入制限が課せられていたこともあり、入居したのはホワイトカラー層がほとんどであったという。似通った建物が無数に連なる団地空間。そこは同じような収入、同じような年代、家族構成のホワイトカラー層だけ住む、極度に均質化された空間が醸成された。

この地域に目をつけたのが、躍進を遂げつつあった共産勢力で、大物党員が団地に住むことで、団地内を組織化。極度に共産党が強い風土が育まれていく。

駅から遠い。バスが少ない。保育所がない。公民館がない。買い物をする店がない。急ごしらえで、生活インフラが圧倒的に不足していた西武沿線の団地群には問題が山積しており、住民の生活への不満度は高かった。共産勢力はこうした不満を吸い上げ、自治会というかたちで組織化を図る。

空間が政治思想をつくった

筆者はいう。

西武鉄道=レッドアローと公団住宅=スターハウスは、他の沿線にはない政治意識を生み出す「下部構造」となったのである。

新潮選書版『レッドアローとスターハウス』p391より

レッドアロー号が走り始め、スターハウスが立ち並ぶ西武沿線では、他沿線地域とは明らかに異なる住民構成が存在し、特異な政治空間を構成していた。

鉄道の利益独占や居住空間のさまざまな不備が、地域住民を主体として現状を改革してゆくための<下からの政治思想>を不断に創り出す

新潮選書版『レッドアローとスターハウス』p391より

として、西武沿線を、上からの政治思想ではない、下からの政治思想が生まれた場と定義した。特殊な事情で形成された沿線だからこそ、住民たちには独特の政治思想が根付いた。場が、住民の政治意識を規定したと結論付けている。筆者はこのような考え方を「空間政治学」として捉えており、なかなかに興味深い。

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