ビズショカ(ビジネスの書架)

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『上級国民/下級国民』橘玲 日本に分断をもたらした三つの要素

分断の正体を読み解く

2019年刊行。筆者の橘玲(たちばなあきら)は1959年生まれの作家。小説家としてのデビュー作は2002年の『マネーロンダリング』である。

 

実用書の書き手としては、同年に上梓された『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』で知られる。同書は好評を博し、2014年に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方2015 知的人生設計のすすめ』としてリニューアル版が登場している。

また、2016年の『言ってはいけない 残酷すぎる真実』は2017新書大賞の第一位を獲得。60万部を売った大ベストセラーとなっている。

内容はこんな感じ

近年、目にすることが多くなってきた言葉に「上級国民」と「下級国民」がある。中間層が没落し、経済格差が進行している。貧富の差が拡大、固定化していく。もはや個人の努力では如何ともしがたい断絶が生じているのはどうしてなのか。バブル期以降の日本経済の推移を読み解きつつ、世界中で加速化する分断の構造について読み解いていく一冊。

タイトルの勝利

『上級国民/下級国民』とは、なんともショッキングで人目を惹くタイトルである。本書の刊行は2019年の8月だが、同年の4月には87歳の元高級官僚が運転していた車を暴走させ、母と娘の命を奪う悼ましい事故が発生している。これにより「上級国民」「下級国民」の二語は一気に市民権を得ていったように思える。

この事件への言及があるものと思って本書を手に取る方も多いかもしれないが、「まえがき」部分で軽く触れている程度。その点に期待して読むと期待外れに終わるだろう。あまり、品の良いタイトルとは思えないが、「売る」点については訴求力のあるネーミングではある。

では、以下、各章をカンタンにご紹介していきたい。

平成で起きたこと 令和で起きること

第一章は「「下級国民」の誕生」である。

平成で起きたこと、令和で起きることの二点に絞って、いかにして「下級国民」、いわゆるアンダークラスと呼ばれる階層が形成されたのかを紐解いていく。

平成時代の日本では、正社員が減り、非正規社員が増加したと思われがちだが、実際に減ったのは中小の自営業者であり、正社員の比率はさほど減っていない。筆者は、団塊の世代の正社員雇用を守るために、中小の自営業者が犠牲となり。これが若者たちの非正規化を促進したと説く。

令和に入り、団塊の世代が現役から退くことで、ようやく働き方改革が進むようになる。これは、団塊の世代が日本の人口における最大ボリュームであり、彼らが現役のうちは大きな改革を断行することは難しかったのではないかと筆者は持論を展開する。

しかし、令和においては、団塊の世代の年金需要が国の財政を圧迫する。若者世代はここでもワリを喰うのではないか。結局、数の多い中高年層の既得権益が強すぎて、少数派である若者たちは下層に追いやられる。

どんな国、どんな時代でも年代ごとの人口の違いは国家政策に大きな影響を与える。民主主義である以上、数は力である。数の力にものを言わせたシルバーデモクラシーは、当分続くであろう。それが若者たちの活力を奪っていくのである。なんともやるせない話である。

モテと非モテ、性愛の格差

第二章は「「モテ」と「非モテ」の分断」である。

えっ?ここで恋愛の話なの?と思われるかもしれないが、これもまた重要な分断要素なのである。

最初に提示されるのが、男女間における「モテ」の仕組みの違いである。経済的な要素が「モテ」に大きな影響を与える男性。経済的な要素が「モテ」に直結しない女性。これにより、持てる男性は「モテ」を得られる可能性があるが、持たざる男性は「モテ」を得られない可能性が高い。

身もふたもない指摘ではあるが、これは確かに一面の真実を突いている(もちろんイケメンはこれに限らない)。

また、女性は男性と比較してコミュニケーション能力が高く、年をとっても他者との関係性を構築しやすい傾向がある。こうして男女における「モテ」を巡る分断が生じ、男性の中でも経済格差による「モテ」の分断が生まれる。

性愛から排除された「非モテ」男性の怨嗟が、この国の分断を更に深めていくのではないか。ここでも筆者の指摘には容赦がない。

世界的に進む上級と下級の分断

最終章は「世界を揺るがす「上級/下級」の分断である。

ここでは視点を更に世界にまで広げて、グローバルな規模で広がっていく分断の正体に迫っていく。

戦前の日本社会では自由に自分の生き方を決めることが出来なかった。親の出自に子の人生は大きく左右されていた。しかし、高度成長期を経て豊かになった日本では、人生の選択肢が大きく広がった。自由に自分の生き方を決められる時代が到来したのである。

リベラル化が進んだ世界。自分の人生を自分で切り開くことが出来る世界は確かに素晴らしい。そして、現代社会では、出自や人種、宗教や国籍、性差や性的嗜好、障害の有無に至るまで、極力差別を排していこうという流れになっている。

本人の意思や努力ではどうしようもないことでは差別しない。この結果として生じるのが、能力主義の蔓延である。「誰もが自己実現できるリベラルな世界は、皮肉にも究極の自己責任社会」になっていくのである。

筆者は1970年代以降は知識社会であるとする。知識社会では「知能」によって人々は分断される。教育の本質は、上級・下級に社会を分断する格差拡大装置とさえ言い切るのである。

もちろん、知識社会への反動の流れも生じている。アメリカにおけるトランプ大統領の誕生や、イギリスにおけるEU脱退決議はその最たるものであろう。これは、過熱化した知識社会に抗うものだ。「ポピュリズムとは、下級国民による知識社会への抵抗運動である」とも筆者は書いており、この抵抗が成果を上げていくことで、リベラル層はやがて政治に興味を失うのではないかと警鐘を鳴らしている。

まとめ:三つの分断要素が日本を引き裂いている

本書の内容をまとめると、こんな感じ。

  1. マジョリティである団塊の世代が、他の世代の富を奪っている
  2. モテ非モテによる性愛の格差
  3. 誰もが自己実現出来る世界は、能力主義の裏返し

この三つが複合的に作用することで、分断が更に広がっている。

このような社会にどう備えるか。万能の処方箋は無いとしながらも、筆者は二つの生存戦略を提示している。

  1. 高度な専門知識を身に付け「知識経済」の中で生きていく
  2. SNSでのフォロワーを増やし「評判資本」をマネタイズ。「評判経済」の中で生きていく

もちろん誰もが、この流れに乗れるわけではない。ま、そりゃそうだ。

結局のところは「有権者の総意≒ポピュリズム」がこれからの民主主義の流れを決めていくのではないか。と、ポピュリズムの逆襲を仄めかしつつ本書は終わっている。

この結論だと、暗い未来しか見えてこないけど、わたしの実感値としても比較的近い。政治に期待するよりは自分で備えておくしかないように思える。

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