2020年の新書大賞
独ソ戦2019年刊行。筆者の大木毅は1961年生まれ。第二次世界大戦、特にドイツ軍に関する著作が多い。
なお、本書は2020年の新書大賞第一位に輝いている。昨年を代表する新書作品の一つである。
内容はこんな感じ
1941年。ドイツとソビエト連邦は交戦状態に突入。東部戦線の戦端が開かれる。ヒトラーとスターリン。二人の独裁者に率いられた軍隊では、撤退も降伏も容易には許されず、両軍は際限のない殺戮の消耗戦に陥る。人類史上最悪となる3,000万人の犠牲者を出したこの戦争はいかにして始まり、いかなる結末を迎えたのか。最新の歴史研究から、独ソ戦の全体像を俯瞰する。
第二次大戦最大の激戦地、独ソ戦の惨禍を知る
少し古い番組になるが、1995年に放映されたNHKの『映像の世紀』第5集「世界は地獄を見た」をご存じだろうか。このシリーズは非常に評価が高く、繰り返し再放送されているので、ご覧になった方も多いはずである。
この番組は第二次世界大戦の経緯を、当時の映像資料を用いながら再構成していく。番組の後半は戦争の終結にともない、各国の犠牲者数を淡々と読み上げていくのだが、ナチスドイツ、ソビエト連邦のそれはあまりに圧倒な数字で、ただただ呆然とさせられた。
第二次大戦の欧米各国の犠牲者数は、枢軸国側のドイツが700万~900万人に対して、連合国側のイギリスが45万人、フランスが55万人、そしてアメリカが42万人である。しかし、同じ戦勝国であるにも関わらず、ソビエト連邦のそれは、2,180~2,800万人とあまりに突出しているのである(第二次世界大戦の犠牲者 - Wikipedia参照)。
どうしてこのようなことになったのか。本書はその理由を教えてくれる。
独ソ戦の概要を知りたい方におすすめ
第二次世界大戦は1939年、ドイツのポーランド侵攻から始まったが、英仏連合軍のダンケルク撤退、フランスの降伏、イギリス本土上陸作戦の頓挫によって、戦局は膠着状態に陥っていた。事態を打開するために、ヒトラーが選択したのは独ソ不可侵条約を破棄してまでのソビエトに対する宣戦布告であった。
フランスの降伏後、西部戦線での展開は、1944年のノルマンディーの戦いまで大きな動きはない。この間、欧州大陸でドイツ軍の攻勢を一手に引き受けて戦線を維持していたのがソビエト軍だ。空前にして絶後(であると思いたい)、独ソ戦の犠牲者は両軍合わせて3,000万人。これは他の参戦国と比べて飛びぬけて多い数字である。
独裁者に率いられた国家同士の戦いにおいて人権への配慮は無い。ドイツ側は、スラブ民族を劣等民族として根絶させる意思を有していたがために、民間人に対しても容赦の無い殺戮が開始される。犠牲者の規模だけで考えれば、第二次大戦の本質は独ソ戦にあったと言っても過言ではないのではないだろうか。
本書では、最新の研究事例を踏まえ、独ソ戦の概要をコンパクトにまとめてくれている。独ソ戦について知るための良書と言えるだろう。
変貌していく戦争の本質
本書では、戦争の本質が段階を経て変質していく点を指摘している。膠着していた西部戦線を打開するため、食料、資源収奪のための戦争は、やがて、民族根絶やしの絶滅戦争へと変貌を遂げていく。
泥沼化していく戦線、報復に次ぐ報復の連鎖が、いつしか軍事的な合理性をも駆逐し、奪うために殺すから、殺すために殺すへと変わっていく。戦争を始めたのはヒトラーであり、スターリンであったとしても、暴走し、変質してしまった戦争の本質が、戦争行為の当事者である国民の意識すらも変えてしまったわけである。
独ソ戦が世界にもたらしたもの
独ソ戦に勝利したソビエトが、その後半世紀にわたり東側諸国の盟主として君臨し、世界に冷戦構造をもたらしたことを考えると、この戦いの意義はあまりに大きい。現代史を読み解く上で、独ソ戦の重要性はもっと一般に知られるべきだろう。
筆者は、独ソ戦の展開を一年単位で一冊ずつ刊行したいという構想を持っているようだが、実現化したら是非読んでみたいものである。