民俗学者によるネット怪談のアプローチ
2024年刊行。筆者の廣田龍平(ひろたりゅうへい)は1983年生まれの研究者。専攻は文化人類学、民俗学。法政大学ほかの大学で非常勤講師を務めている方。
早川書房による感想まとめ記事はこちら。
廣田龍平の著作はこちら
単著
- 『〈怪奇的で不思議なもの〉の人類学 妖怪研究の存在論的転回 』青土社(2023年)
- 『妖怪の誕生 超自然と怪奇的自然の存在論的歴史人類学 』青弓社(2022年)
共著
- 『謎解き「都市伝説」 』彩図社(2022年)
- 『クィアの民俗学 LGBTの日常をみつめる 』実生社(2023年)
訳書
- 『日本妖怪考 百鬼夜行から水木しげるまで 』森話社(2017年)原著:マイケル・ディラン・フォスター)
内容はこんな感じ
かつて口承で語り継がれてきた怪談は、ネット時代に入って新たな展開を見せている。不特定多数がその成立、構成、継承に参加し、さまざま場所に無断転載され変容を遂げていく現代の怪談。視覚や聴覚に訴える動画怪談の登場。リアルタイムでの現地実況が可能になったことでその世界は更に広がりを見せる。そして、AIが関与することで新たな次元へと怪談は進化していく。
目次
本書の構成は以下の通り。
- まえがき
- 第1章 ネット怪談と民俗学
- 第2章 共同構築の過程を追う
- 第3章 異世界に行く方法
- 第4章 ネット怪談の生態系―掲示板文化の変遷と再媒介化
- 第5章 目で見る恐怖―画像怪談と動画配信
- 第6章 アナログとAI―二〇二〇年代のネット怪談
- あとがき
- 参考文献
- 怪談索引
ネット怪談って何なの?という層に向けて、豊富な具体例を交え丁寧に解説されている。また、巻末には本書で紹介されるネット怪談の一覧が索引としてまとめられてる。検索で調べればそれぞれの内容を把握できる。
なお、怖いので本ブログから、各怪談へのリンクは貼らない。
ネット時代の新たな怪談
本書ではネット怪談=インターネット上で構築された怪談と定めている。有名な事例としてはまず「きさらぎ駅」が挙げられている。映画化もされているので、ご存じの方も多いのではないかと思う。
「きさらぎ駅」は2004年1月8日午後11時に、2ちゃんねるのオカルト板に投稿されたテキストから始まる。断続的に投稿される「はすみ」と名乗る人物の書き込みと、それに反応するスレッドの読者たちのリアクションによって構築された。一人の投稿者の語りだけでなく、不特定多数の読者たちの反応をもとに怪談が共同構築されているのが特徴だ。
ネット怪談の特徴
ネット怪談の生態系の特徴として筆者は以下の三点を挙げている。
- 信頼性が低い
匿名掲示板上で語られ、発展するため、投稿者は匿名であり、書き込み内容の真偽についても確認することはできない。本当のことを書いているのか、創作なのか、はたまた思い込みなのかはわからない。そしてそれを受容する側も、語りの信頼性の低さを承知のうえで怪談を楽しんでいる。
- 投稿の同一性を操作できる
2ちゃんねるの特性として、日付が変わると投稿者の同一性は失われる(固定ハンドル=いわゆるうコテハンで、同一性を保つことも可能)。それを良いことに自作自演や、なりすましが容易に可能だ。
- コピペが容易
ネットに公開される怪談は単なるテキスト文なので、コピーして簡単に他のサイトに無断転載が可能だ。転載される際に出典が明記されることはほとんどない。また、転載時に、オリジナルの内容が保持されるとは限らないし、勝手に改変されることもある。
これだけ並べてみると、ネット怪談の立脚点がいかにふわふわとした、頼りないものであるかがよくわかる。
目で見る怪談、追体験する怪談の登場
当初のインターネットは通信環境も悪く、テキストでのやり取りが主体だった。しかし、環境が改善され、高速回線が一般化していくと動画の視聴が可能となってくる。ここで動画による怪談が広まっていく。更に、モバイル通信環境が普及することで、投稿者による、リアルタイムでの心霊スポット実況が可能になる。
テキストを能動的に目で追わなければならない従来のネット怪談と比較して、ただ動画を受動的に見ていればいいだけの怪談動画の登場は、怪談の受容層を一気に拡大した。リアルタイム性を持つことで、見る側の関心も高まる。また、自らも怪談の中に入ることができる「オステンション(やってみた)」行為も広がっていく。
なお、「オステンション」についてもう少し意味を説明。以前に紹介した『みんなの民俗学 ヴァナキュラーってなんだ?』によるとこんな説明がなされている。
流布したナラティヴ(噂話・物語)に対して、人々が実際に行動して参与すること(行動によってナラティヴを支持しさらに内容を付け加えること)
『みんなの民俗学 ヴァナキュラーってなんだ?』p230より
物語性を失う現代のネット怪談
最後に筆者は最近のネット怪談として物語性(ナラティブ)の喪失を挙げている。視覚に訴える怪談が普及していく過程でテキストが失われ、単に場だけが提供されている。そこには不穏でただならぬ雰囲気だけは残されているが、物語性はない。
そして、動画や現地実況に続いて、新たな技術として登場したAIは、ネット怪談に新たな展開をもたらしている。AIは未だ発展途上であり、これからもネット怪談の生成に大きな影響をもたらすであろうことが予測でき、今後の推移が楽しみではある。