民俗学って何なのかを知りたい方に
2020年刊行。筆者の島村恭則(しまむらたかのり)は1967年生まれ。現在は、関西学院大学社会学部、大学院社会学研究科の教授。世界民俗学研究センター長。専門は現代民俗学、民俗学理論。
内容はこんな感じ
民俗学とは田舎の風習を調べるだけの学問ではない。お母さんがつくりだした「怖いもの」。我が家だけの不思議なルール。靴を履くときのおまじない。学校の中に、職場に、身近なところに民俗学の研究対象は転がっているのだ。フォークロアからヴァナキュラーへ。現代の民俗学はどんなものを研究対象にしているのか。
初学者向けの「民俗学」ガイド
本書は、初学者向けの「民俗学」ガイド的な内容となっている。
筆者はまず最初に民俗学を以下のように定義付けている。
人間(人びと=<民>)について、<俗>の観点から研究する学問である。
『みんなの民俗学 ヴァナキュラーってなんだ?』p16より
そして<俗>の概念について、以下のように定義している。
上記のいずれか、もしくは組み合わせ
- 支配権力になじまないもの
- 啓蒙主義的な合理性ではかならずしも割り切れないもの
- 「普遍」」「主流」「中心」とされる立場にはなじまないもの
- 公式的な制度からは距離があるもの
『みんなの民俗学 ヴァナキュラーってなんだ?』p31より
ヴァナキュラーって何?
そして気になるのがサブタイトルにある「ヴァナキュラー(Vernacular)」である。
ヴァナキュラーは上記の<俗>を意味する英語である。本書ではこのヴァナキュラーをキーワードとして、現代の民俗学のありようと可能性を提示していく。
二十年ほど前までは、民俗学におけるキーワードは「フォークロア(Folklore)」であった。フォークロアはドイツ語の「フォルクスクンデ(Volkskunde:民の知識)」に由来する、イギリス人学者ウィリアム・トムズによる造語である。
民間説話や民謡、古くからの生活習俗などを研究テーマとして扱っていると思われがちな民俗学だが、過去だけではなく、現代のあらゆる場所、あらゆる階層に研究対象は存在する。
古臭い学問と思われがちな民俗学のイメージを刷新したい。そんな流れから、「フォークロア」にとって代わって生まれたキーワードが「ヴァナキュラー」なのである。
民俗学は現代学である
筆者は「民俗学は現代学である」と説く。1970年代以降、民俗学の研究フィールドは現代の都市にまでその裾野を広げているのである。
しかし、一般人にとってはまだまだ民俗学は「田舎に古くから伝えられている習俗について調べ、その意味を解明する」ものだとの認識が強い。
そのための初学者向けの啓蒙書である本書は、「古くさい」過去志向の用語をあえて使わず、「ヴァナキュラー」という言葉から民俗学の可能性を掘り下げていく。
民族学はもっと自由でいい
民俗学とは何か。フォークロアとヴァナキュラー。そして現代学としての民俗学。「序章」部分で筆者の主張は全てまとめられている。
第1章以降の各章では、具体的なヴァナキュラーの事例が豊富に紹介されている。学園の七不思議や、消防士のまかない飯、鉄道をめぐる民俗学、西日本を主として広がる「モーニング」文化の不思議。こんなことまで研究対象になるのか、民俗学の守備範囲の広さに驚かされる。読んでいてなんだか嬉しくなってくるから不思議である。
フォークロレスクとオステンション
特に興味深く感じたのは第7章「宗教的ヴァナキュラー」で登場する、フォークロレスクとオステンションの概念である。それぞれの意味は以下の通り。
フォークロレスク
「いかにも民俗伝承らしい要素」が、アニメや映画やゲームなどのポピュラー・カルチャー(メディアによって広範に流通する大衆文化)の中に取り入れられること
『みんなの民俗学 ヴァナキュラーってなんだ?』p230より
オステンションとは
流布したナラティヴ(噂話・物語)に対して、人々が実際に行動して参与すること(行動によってナラティヴを支持しさらに内容を付け加えること)
『みんなの民俗学 ヴァナキュラーってなんだ?』p230より
具体例としては、アニメ『花咲くいろは』から生まれた「ぼんぼり祭」や、お笑い芸人「流れ星」に由来する「肘神様」。最新事例ではコロナ禍で生まれた「アマビエ」の存在などが挙げられている。
こうした具体例を示されると、確かに民俗学とは現代学なのだなと理解を新たにすることが出来る。これは面白そうだ。
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