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『ヤンキーと地元』打越正行 解体屋、風俗経営、ヤミ業者として生きる沖縄の若者たち

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社会学者の参与観察から生まれた一冊

2019年刊行。筆者の打越正行(うちこしまさゆき)は1979年生まれの社会学者。現在は、和光大学現代人間学部の専任講師、社会理論・動態研究所の研究員を務めている人物。

ヤンキーと地元 (単行本)

『ヤンキーと地元』は初めての単著で、社会学系の書籍としては異例のヒット作となった。第六回の沖縄書店大賞の沖縄部門で大賞を受賞している。

本書がきっかけとなり、筆者は2022年5月16日(月)のテレビ朝日系『激レアさんを連れてきた。』に出演。更に知名度を高めることになる(わたしもこれで知った)。

この書籍から得られること

  • 沖縄社会の実情について知ることが出来る
  • 地元社会ならではの人間関係の濃さ、その弊害について知ることが出来る

内容はこんな感じ

日常的な暴力。生涯固定された厳格な上下関係。安い給料と危険な現場。それでも地元で生きていくしかない沖縄の若者たち。彼らは何を考え、何を思って生きているのか。社会学者の筆者は、時にはバイクでの暴走に同行し、パシリとして下働きをし、昼間の建築現場では共に働く。十年を超える長期の調査で明らかとなった、その実態とは?

目次

本所の構成は以下の通り

  • はじめに
  • 第1章 暴走族少年らとの出会い
  • 第2章 地元の建設会社
  • 第3章 性風俗店を経営する
  • 第4章 地元を見切る
  • 第5章 アジトの仲間、そして家族
  • おわりに
  • あとがき

参与観察という調査方法

社会学の調査方法に参与観察というやり方がある。

参与観察に従事する者は研究対象となる社会に、しばしば数か月から数年に渡って滞在し、その社会のメンバーの一員として生活しながら、対象社会を直接観察し、その社会生活についての聞き取りなどを行う。

参与観察 - Wikipediaより

よくある調査のイメージでは、アンケートを取ったり、インタビューをしたりといった形態を思い浮かべがちだが、参与観察では、より調査対象の内側に深く入り込む。グループの中に入り、仲間として生活を共にする。それだけに対象者との信頼関係の構築が重要となるし、調査にも長期の時間がかかる。

参与観察をしなければわからないようなテーマは、往々にして一般人が容易に近づけるような環境ではないことが多い。本書においては、筆者はヤンキー層の若者たちと打ち解けるために、十余年の歳月を費やしている。

常人ではそもそもやろうとすら考えない行動で、筆者の、コミュニケーション能力、取材力の高さ、問題意識の強さにまず衝撃を受けた。

この点については社会学者の岸政彦との対談記事を発見したのでリンクを貼っておく。

エスノグラフィーの魅力

エスノグラフィー(ethnography)とは民族誌などとも訳される。参与観察のような調査の結果、明らかとなったことを記述したものである。古典的な著述としては、イギリスの社会学者ポール・E・ウィリス(Paul E. Willis)による1977年の『ハマータウンの野郎ども』が有名。こちらはイギリスの労働者階級の若者について取材した一冊。

日本では日本の社会学者、佐藤郁哉(さとういくや)による1984年の著作『暴走族のエスノグラフィー』が知られている。

女性版では琉球大学教育学研究科教授、上間陽子(うえまようこ)による『裸足で逃げる 沖縄の夜の街の少女たち』が知られている。

しーじゃとうっとう、生涯続く上下関係

本書に登場する若者たちは沖縄で生まれ、育ち、そして沖縄で働き続ける人々だ。季節雇用で本土に渡ることはあっても、いずれは沖縄に帰ってくる。地元、沖縄では中学、高校時代からの先輩(しーじゃ)と後輩(うっとう)が一生涯ついてまわる。先輩は後輩の面倒をみてやる代わりに、あれこれと用事をいいつける。その命令は絶対であり、時には激しい暴力も振るわれる。

この関係は就職してからも続く。先輩、後輩関係をしっかりと築いておかないと、狭い沖縄の社会では生きていくことが難しい。この関係からあぶれてしまった人間は、現場では陰湿な虐めを受けるし、キツイ仕事ばかりが回ってくる。

過酷な労働環境

本書を読んで衝撃を受けるのが、沖縄の厳しい就職環境だ。筆者は調査のために、地元の建設会社(解体工)で共に働きながら参与観察を続ける。解体の現場では、まともな就業訓練や、丁寧な指導などは望めない。誰も仕事を教えてくれないし、失敗すれば殴られる。他人がやっているのを盗み見て覚えるしかないのだが、それも先輩後輩の人間関係が出来ていないと格段にハードルが上がる。

重量物を何度も担ぎ、運び上げるうちに腰をやられるし、事故のリスクも高い(労災は無論請求できない)。職番の人間関係は常に最悪で、それでいて日給は6,000~8,000円程度なのだ。

沖縄の中小企業では、通常の採用活動はあまり行わず、先輩後輩のつながりによる縁故採用で構成員を固めることが多いのだとか。そこでは元ヤンキーや、元犯罪者ですらも受け入れ雇用を保証する。その分、待遇は非常に悪いのだが、それでも沖縄は就職難なので、生きていくためにはそこで働くことを選ぶしかない。

これからの沖縄はどうなるのか?

2022年における沖縄の有効求人倍率は0,95倍(全国は1.24倍)、若年層の完全失業率は5.1%(全国は4.3%)と、依然と苦しい状態が続いている。

令和4年5月の雇用状況/沖縄県

先輩後輩間の上下関係で、独特の雇用関係を維持してきている沖縄社会だが、長く続く不況、少子化による若年層の減少もあって、労働現場には若い層が入ってこず、高齢化が進行している。厳しい上下関係が嫌忌されている部分も多いのだろう。かろうじて残っていたセーフティネットの糸はどんどん細くなってきている。

本書では凄惨な現場で働くしかない、沖縄の若者たちに静かに寄り添う。いかんともしがたい彼らの生々しい「在りよう」を示して見せてはくれる。だが、それではどうすればいいのかは示さない(というか、それは無理だろう)。重い読後感の残る一冊だった。

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